秘密のカランコエ〜敏腕ドクターは愛しいママと子どもを二度と離さない〜
「そういえば茉奈さん、来月のイベント参加する?」
「あっ……」
余った時間での雑談中のことだ。
真紀さんはそう言うと、私は思わず固まってしまう。
その『イベント』は、障害の有無に関わらず地域の誰もが参加できる活動のことだ。
実は娘の彩花には、気管支喘息があり運動を恐れていた時期がある。
そんな時に訪問を通して翔太くんと結城夫妻に出会い、地域のインクルーシブ社会の活動に参加するようになったのだが……。
「今月も出ようかなぁ……うーん」
職場にも利用者さん方にも、シングルマザーであることを隠しているわけではない。これまでも深く探られることもなかったので特段困ったこともなかった。
だがしかし、たった今ピンチが訪れた。
「そっか! あのね、彩花ちゃんもいれば翔太も参加したいって言うのよ。だからどうかな〜なんて思ってたのよ」
宗一郎さんとの子であることが知られるのはボロを出さなければ問題ないが、何も言わず去った私が今のうのうと娘と生きているなんて知られる。
それは大変失礼なことだし、不義理だと思われても仕方ない。
「……子どもがいたのか」
低く漏れた掠れた声は、真紀さんには届かなかったらしい。
けれど私には、はっきりと聞こえてしまった。
背筋がゾワリと冷たくなり、身震いする。
「……清水さん、お子さんいたんですね」
宗一郎さんの視線が、逃げ場を塞ぐように絡みつく。
微笑み細めた目元。口角が少しだけ上がっていて傍から見ればただの雑談のきっかけにすぎない。
しかし私にはそう見えなかった。
怒りなのか、失望なのか──この世に存在しない誰かに向けた嫉妬なのか。
初めて見る表情に、心の底がザワザワとして落ち着かない。
息を飲む私の耳に、翔太くんの無邪気な『宗兄ちゃーん』と呼ぶ声が遠くから響くように聞こえてくる。
彼に知られてはいけない。そのはずだったのに。
「ではそろそろお暇しますね。今日は矢越さんにお会いできて良かったです。手技もバッチリでしたし。次回は二日後になります。何かありましたらからんこえにご連絡くださいね」
私が訪問カバンを持ち、玄関に向かおうとする。
「姉さん、俺が清水さんを外まで送るよ」
「そう? わかったわ。茉奈さん今日もありがとうございました」
「いえいえ。お邪魔しました」
真紀さんに軽く会釈して背中を向ける。振り向いてはいけない。
私は足早に長い廊下を歩いた。靴を履こうと姿勢を低くしかけた時のことだった。
「……茉奈」
玄関のドアを前にして、宗一郎さんに声をかけられ、肩に手をかけられるような重たい感覚。
「……」
反応の仕方がわからなかった。
「俺は……諦めるつもりはない。昔も、今も」
「それでは、また」
私は宗一郎さんと目線を合わせずにお辞儀をして、ドアを押す。
この時の私は、彼の甘い執愛から逃れられないと知らなかった──
「あっ……」
余った時間での雑談中のことだ。
真紀さんはそう言うと、私は思わず固まってしまう。
その『イベント』は、障害の有無に関わらず地域の誰もが参加できる活動のことだ。
実は娘の彩花には、気管支喘息があり運動を恐れていた時期がある。
そんな時に訪問を通して翔太くんと結城夫妻に出会い、地域のインクルーシブ社会の活動に参加するようになったのだが……。
「今月も出ようかなぁ……うーん」
職場にも利用者さん方にも、シングルマザーであることを隠しているわけではない。これまでも深く探られることもなかったので特段困ったこともなかった。
だがしかし、たった今ピンチが訪れた。
「そっか! あのね、彩花ちゃんもいれば翔太も参加したいって言うのよ。だからどうかな〜なんて思ってたのよ」
宗一郎さんとの子であることが知られるのはボロを出さなければ問題ないが、何も言わず去った私が今のうのうと娘と生きているなんて知られる。
それは大変失礼なことだし、不義理だと思われても仕方ない。
「……子どもがいたのか」
低く漏れた掠れた声は、真紀さんには届かなかったらしい。
けれど私には、はっきりと聞こえてしまった。
背筋がゾワリと冷たくなり、身震いする。
「……清水さん、お子さんいたんですね」
宗一郎さんの視線が、逃げ場を塞ぐように絡みつく。
微笑み細めた目元。口角が少しだけ上がっていて傍から見ればただの雑談のきっかけにすぎない。
しかし私にはそう見えなかった。
怒りなのか、失望なのか──この世に存在しない誰かに向けた嫉妬なのか。
初めて見る表情に、心の底がザワザワとして落ち着かない。
息を飲む私の耳に、翔太くんの無邪気な『宗兄ちゃーん』と呼ぶ声が遠くから響くように聞こえてくる。
彼に知られてはいけない。そのはずだったのに。
「ではそろそろお暇しますね。今日は矢越さんにお会いできて良かったです。手技もバッチリでしたし。次回は二日後になります。何かありましたらからんこえにご連絡くださいね」
私が訪問カバンを持ち、玄関に向かおうとする。
「姉さん、俺が清水さんを外まで送るよ」
「そう? わかったわ。茉奈さん今日もありがとうございました」
「いえいえ。お邪魔しました」
真紀さんに軽く会釈して背中を向ける。振り向いてはいけない。
私は足早に長い廊下を歩いた。靴を履こうと姿勢を低くしかけた時のことだった。
「……茉奈」
玄関のドアを前にして、宗一郎さんに声をかけられ、肩に手をかけられるような重たい感覚。
「……」
反応の仕方がわからなかった。
「俺は……諦めるつもりはない。昔も、今も」
「それでは、また」
私は宗一郎さんと目線を合わせずにお辞儀をして、ドアを押す。
この時の私は、彼の甘い執愛から逃れられないと知らなかった──