秘密のカランコエ〜敏腕ドクターは愛しいママと子どもを二度と離さない〜
 そろそろ寝かしつけようと寝室の準備をしていると、リビングにいた彩花がぐったりと座っていた。
「彩花?」
 覗き込んだ顔は、苦しそうに見える。

「彩花!」
 私は何か胸のあたりがザワザワして、彩花に触れる。体温は高くない。けれど、呼吸が多いかもしれない。

「苦しい?」
 彩花は小さく頷く。
 肩で必死に呼吸していると、どんどん手足が冷たくなってきて、私は発作だと気づく。
 小さなその手で、胸元を抑えている様子を見ると、心臓のあたりが苦しいのかもしれないと感じた。

「救急車呼ぶからね」
 救急外来に駆け込む方がいいかもしれない。
 それでも私は、躊躇わずに119に電話をかけた。
 喘息用の吸入薬を吸引させ、パルスオキシメーターで酸素飽和度を測定し、呼吸状態の確認をする。

「救急です。三歳の子で、呼吸困難を訴えています。抹消冷感が出てきていてサーチは85%程度です。持病として気管支喘息があります。今、吸入薬を吸わせました──」
 電話の後すぐに救急車が手配されて、私は救急車の到着を待つことになった。

「彩花、ママがいるからね。大丈夫、大丈夫」
 今の姿勢だと苦しいかもしれないから、彩花をクッションに座らせ、腕をテーブルに置いて前かがみの姿勢にさせる。

 すると少しは呼吸が楽になったのか、呼吸が落ち着いてきた。 
 それでも手足の冷たさやサーチの低さは変わらず、脈も速い。皮膚色も悪くなってきた。酸素が手足の先まで回らないからだ。

「もう少しだからね、頑張ろうね」
 できることはやった。
 あとは、背中をさすりながら、なるべく穏やかな声をかけて傍に寄り添う。
 それくらいしか出来ない。

 しばらくして救急車が到着して、彩花と一緒に救急車に乗り込んだ。
 夜間も救急車を受け入れており、地域医療の中心を担っている宝星(ほうせい)総合医療センターに搬送された。

「彩花! もう少し頑張ろうね!」
 私は彩花と一緒に降りて、宝星の看護師に誘導され誰もいない静かな待合室で待っていた。
 その待っている時間がとてつもなく不安で、長い時間に感じた。

 何事もなければいい……。
 そう願う私とは裏腹に、不幸は立て続けに訪れる。

「彩花ちゃんのお母さんですね。少し説明がありますのでこちらへ」
 私は救急外来を担当していた男性医師に案内され、診察室へ移動する。
「どうぞ」
「はい」
 先生はパソコンの画面を開きながら、採血やレントゲン、心電図の結果や状態を丁寧に説明を始めた。

「まず、彩花ちゃんは無事です。酸素投与と点滴をしています。今回、気管支喘息の発作かと私は思いましたが、心臓の音を聴診した時、少しだけ違和感があったので、念のため小児科の先生にも診てもらいました」
「はい……」
 気管支喘息の発作かと思っていたのに、何か別の病気があるのだろうか?
 嫌な予感がした。

「レントゲンを見てみると、少し心臓が大きくなっているのがわかります。こちらが正常の場合で、こちらが彩花ちゃんのものです」
 いつもの私なら、この画像を見て納得ができただろう。
 でも、今の私はその知識が出るよりも母親としての不安が大きすぎた。
 説明の内容が上手く頭に入ってこない。

「まだこの疾患だと病名を断定するには情報が足りません。なので、治療と精密検査をするためにも入院していただきたいということになりました」
「わかりました……」
 頭が真っ白になった、とはこういうことなのだろう。
 まさかこんな風に、急に宣告されるだなんて思ってもいなかったから。
 それでも、無事だとわかって少しは安心した。

「そういえば、心臓のあたりを抑えていたのはもしかして……」
「はい。恐らく、心房中隔欠損症なのではないかという見立てでした」
「そうですか……」

 ショックは大きい。
 愛する娘が心臓の病の可能性があるだなんて。助かるのだろうか、という我が子を憂う気持ち。
 そして、小児科の入院は付き添いが必須だ。私ひとりで大丈夫だろうかという不安もある。

「手続きなどもありますから、一度病棟の方までお願いします」
「わかりました。こんな夜に、ありがとうございました」
 私は担当してくれた先生に深くお辞儀をして診察室を後にした。
 そして、案内の通り小児科のある病棟にエレベーターで向かう。

 すっかり夜で廊下は消灯され、各部屋の明かりも消されている。
 そんな中で、ベッドサイドのモニターや輸液ポンプのライトが煌々としていた。
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