蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
玲奈が帰宅すると、玄関に男性物の皮靴が揃えて置かれていた。
それを見るだけで弾む心に、玲奈も、自分が彼の帰りをどれだけ心待ちにしていたかを実感させられる。
(悠眞さんのお仕事に、不満があるわけじゃないんだけどね)
玲奈も、彼が仕事に向ける情熱を理解して、できる限りの応援をしたいと思っている。
その気持ちに嘘はないのだけど、それとは異なる感情で彼がいないことを寂しく思ってしまうのだ。
「悠眞さん、お帰りなさい」
手洗いを済ませてリビングに向かった玲奈が声をかけると、ソファーでくつろいでいた悠眞が出迎えてくれる。
「玲奈もお帰り」
悠眞の出迎えに、玲奈は「ただいま」と、返してクレールで持たされた紙袋をテーブルに置く。
「それは?」
悠眞が興味を示す。
「お土産にもらったクレールのキッシュとブラウニーです。出掛ける前に、鱈の南蛮漬けとスープを作っておいたので、すぐに夕食にしますね」
キッチンに立つ玲奈の言葉に、悠眞が「いいね」と、微かに表情をほころばせる。
「食後のデザートにブラウニーを食べるなら、さっそく役に立つ」
玲奈の隣に立った悠眞は、そんな言葉と一緒に、キッチンカウンターにコトンッと、なにかを置いた。
見ると、立方体の缶がそこにあった。
可愛らしい図柄のブルーベリーとラズベリーが描かれたそれは、玲奈の好きな紅茶メーカーのものだ。
「お土産は必要ないって言ったのに」
「俺が飲みたかっただけだ」
悠眞はぶっきらぼうな口調で返して、そのまま皿の準備を始める。
玲奈としては、仕事で疲れている悠眞にはゆっくりしていてほしいのだけど、言っても聞いてくれないので、最近は諦めて、手際よく準備を済ませることにしている。
片付けも同様で、二人でテキパキ片付けるので、結果食後にふたりでゆっくり過ごす時間が持てるので、それはそれで玲奈としてうれしい状況だ。
だからこの日も、夕食とその片付けを済ませると、リビングのソファーに移動してふたりでブラウニーと紅茶を楽しむことにした。
「今日は、客が少なかったのか?」
ブラウニーをフォークで崩しながら、悠眞が聞く。
「どうしてですか?」
手にしていたカップをソーサーに戻した玲奈が小首をかしげた。
「土産が二つもあったから」
クレールは人気のカフェなので、毎回、お土産がるわけではない。それなのに、今日は二つもあるので、よほど暇だったのかと思ったようだ。
「余っていたのは、キッシュだけです。ブラウニーは……」
正直に話そうとして、渚沙とのやり取りを思い出して口をつぐむ。
「玲奈?」
不意に黙り込む玲奈に、悠眞が声をかけた。
そのせいで妙な間が生まれて、よけいにありのままを話すのが恥ずかしくなる。
「なんていうか、成り行きです」
そう答えて誤魔化したものの、生真面目な玲奈としては、渚沙に『これを食べながら今後の相談を……』と言われたことを思うと、ブラウニーを食べた以上、悠眞と少しくらい今後について話さなくてはという気がしてくる。
(そうは言っても、どう話を持っていけばいいの?)
玲奈の性格上、自分主導で話をするだけでもかなりハードルが高いのだ。
「玲奈?」
ティーカップをソーサーに戻したきり硬直していると、悠眞に名前を呼ばれた。
玲奈は覚悟を決めて彼を見上げた。
「あ、あの……この先の予定について、悠眞さんはどう考えられていますか?」
勢い余って、らしくないほどの大声が出た。
そのことに悠眞も驚いているのだろう、玲奈に問い掛けられて目をまたたかせている。
「この先?」
普段見ることのない彼の表情に、玲奈の気持ちがよけいに空回りしてしまう。
「えっと、ほら……結論を出すのはまだ速いですが、一緒に暮らすようになって数ヶ月経ちましたし、季節は夏で、企業で言うのであれば、中間査定や夏のボーナスの時期で……、夏休みシーズンに入れば悠眞さんも一段と忙しくなるわけで……」
玲奈としては、今すぐふたりの今後を話し合うのは無理でも、ここ数ヶ月の共同生活を振り返って彼の意見を聞ければと思ったのだけど、途中から、自分でもなにを言いたいのかわからなくなってきた。
結果、わたわたと脈絡のないことを口走って、それが恥ずかしくて赤面して黙り込む。
「えっと、今のは……」
――忘れてください。
玲奈がそう言おうとした時、悠眞がポンと手を叩いて、問い掛けてくる。
「どこかに行きたいのか?」
「はい?」
彼がなにを言いたいのかわからなくて、質問に質問で返してしまう。そんな玲奈に、悠眞が言う。
「世間とは少し時期がズレるが、俺にも夏期休暇はある。クレールの仕事がない日に、ふたりでどこかに出掛けよう」
「あ、いえ、そういう意味じゃ……」
慌てて訂正しようとしたけど、悠眞が「玲奈はどこに行きたい?」と、問い掛けられて口が自然と動く。
「滋賀」
そう言ってから、玲奈は慌てて口を押さえた。
店で雑誌の片付けをしている時に見かけた、青空の下で色とりどりの布がはためく景色。あれを悠眞と見たいと思っていたせいだ。
「じゃなくて、悠眞さんは普段忙しいですから、お休みの日ぐらい、ゆっくり自分のために時間を使ってください」
慌てて発言を取り消そうとする玲奈に、悠眞が「わかった」と、頷く。
「え?」
「八月の後半にいつもより眺めの休みがあるから、ふたりで滋賀に行こう」
普段から、長距離の国際線を飛んだ後は、二、三日の休息を取るが。それとは別で、JTAでは、七月から九月の間のどこかで、連続五日の夏期休暇を取るよう就業規則で義務づけられているそうだ。
「でも悠眞さんは、お疲れでしょうから」
「前から思っていたが、玲奈は俺のことを、仕事だけで体力を使い果たす年寄りと思ってないか?」
「え、まさか! そんなことは……」
慌てる玲奈の姿に、拓也がクスリと笑う。
「冗談だ。普段国際線を任されることの多いから、このタイミングで、国内旅行を楽しみたい」
彼にそんなふうに言われれば、玲奈に断る理由はない。
「はい。悠眞さんの迷惑にならないなら」
「俺から誘っているのに、迷惑なわけないだろ。玲奈は、俺に遠慮しすぎなんだよ」
まだ若干の遠慮を見せる玲奈に、悠眞が言う。
「……」
そう言われて、玲奈があまり遠慮していても、一緒に暮らす彼を困らせてしまうのだと思い直した。
「せっかく玲奈が自分から夏休みの提案をしてくれたんだから、楽しい旅行にしよう」
彼の何気ない一言は、いつも玲奈の心を軽くしてくれる。
「はい」
それならば……と、明るく返事をした玲奈は、昼間店で目にした雑誌のことを離して、悠眞と一緒に旅行の計画をたてていった予定を立てた。
それを見るだけで弾む心に、玲奈も、自分が彼の帰りをどれだけ心待ちにしていたかを実感させられる。
(悠眞さんのお仕事に、不満があるわけじゃないんだけどね)
玲奈も、彼が仕事に向ける情熱を理解して、できる限りの応援をしたいと思っている。
その気持ちに嘘はないのだけど、それとは異なる感情で彼がいないことを寂しく思ってしまうのだ。
「悠眞さん、お帰りなさい」
手洗いを済ませてリビングに向かった玲奈が声をかけると、ソファーでくつろいでいた悠眞が出迎えてくれる。
「玲奈もお帰り」
悠眞の出迎えに、玲奈は「ただいま」と、返してクレールで持たされた紙袋をテーブルに置く。
「それは?」
悠眞が興味を示す。
「お土産にもらったクレールのキッシュとブラウニーです。出掛ける前に、鱈の南蛮漬けとスープを作っておいたので、すぐに夕食にしますね」
キッチンに立つ玲奈の言葉に、悠眞が「いいね」と、微かに表情をほころばせる。
「食後のデザートにブラウニーを食べるなら、さっそく役に立つ」
玲奈の隣に立った悠眞は、そんな言葉と一緒に、キッチンカウンターにコトンッと、なにかを置いた。
見ると、立方体の缶がそこにあった。
可愛らしい図柄のブルーベリーとラズベリーが描かれたそれは、玲奈の好きな紅茶メーカーのものだ。
「お土産は必要ないって言ったのに」
「俺が飲みたかっただけだ」
悠眞はぶっきらぼうな口調で返して、そのまま皿の準備を始める。
玲奈としては、仕事で疲れている悠眞にはゆっくりしていてほしいのだけど、言っても聞いてくれないので、最近は諦めて、手際よく準備を済ませることにしている。
片付けも同様で、二人でテキパキ片付けるので、結果食後にふたりでゆっくり過ごす時間が持てるので、それはそれで玲奈としてうれしい状況だ。
だからこの日も、夕食とその片付けを済ませると、リビングのソファーに移動してふたりでブラウニーと紅茶を楽しむことにした。
「今日は、客が少なかったのか?」
ブラウニーをフォークで崩しながら、悠眞が聞く。
「どうしてですか?」
手にしていたカップをソーサーに戻した玲奈が小首をかしげた。
「土産が二つもあったから」
クレールは人気のカフェなので、毎回、お土産がるわけではない。それなのに、今日は二つもあるので、よほど暇だったのかと思ったようだ。
「余っていたのは、キッシュだけです。ブラウニーは……」
正直に話そうとして、渚沙とのやり取りを思い出して口をつぐむ。
「玲奈?」
不意に黙り込む玲奈に、悠眞が声をかけた。
そのせいで妙な間が生まれて、よけいにありのままを話すのが恥ずかしくなる。
「なんていうか、成り行きです」
そう答えて誤魔化したものの、生真面目な玲奈としては、渚沙に『これを食べながら今後の相談を……』と言われたことを思うと、ブラウニーを食べた以上、悠眞と少しくらい今後について話さなくてはという気がしてくる。
(そうは言っても、どう話を持っていけばいいの?)
玲奈の性格上、自分主導で話をするだけでもかなりハードルが高いのだ。
「玲奈?」
ティーカップをソーサーに戻したきり硬直していると、悠眞に名前を呼ばれた。
玲奈は覚悟を決めて彼を見上げた。
「あ、あの……この先の予定について、悠眞さんはどう考えられていますか?」
勢い余って、らしくないほどの大声が出た。
そのことに悠眞も驚いているのだろう、玲奈に問い掛けられて目をまたたかせている。
「この先?」
普段見ることのない彼の表情に、玲奈の気持ちがよけいに空回りしてしまう。
「えっと、ほら……結論を出すのはまだ速いですが、一緒に暮らすようになって数ヶ月経ちましたし、季節は夏で、企業で言うのであれば、中間査定や夏のボーナスの時期で……、夏休みシーズンに入れば悠眞さんも一段と忙しくなるわけで……」
玲奈としては、今すぐふたりの今後を話し合うのは無理でも、ここ数ヶ月の共同生活を振り返って彼の意見を聞ければと思ったのだけど、途中から、自分でもなにを言いたいのかわからなくなってきた。
結果、わたわたと脈絡のないことを口走って、それが恥ずかしくて赤面して黙り込む。
「えっと、今のは……」
――忘れてください。
玲奈がそう言おうとした時、悠眞がポンと手を叩いて、問い掛けてくる。
「どこかに行きたいのか?」
「はい?」
彼がなにを言いたいのかわからなくて、質問に質問で返してしまう。そんな玲奈に、悠眞が言う。
「世間とは少し時期がズレるが、俺にも夏期休暇はある。クレールの仕事がない日に、ふたりでどこかに出掛けよう」
「あ、いえ、そういう意味じゃ……」
慌てて訂正しようとしたけど、悠眞が「玲奈はどこに行きたい?」と、問い掛けられて口が自然と動く。
「滋賀」
そう言ってから、玲奈は慌てて口を押さえた。
店で雑誌の片付けをしている時に見かけた、青空の下で色とりどりの布がはためく景色。あれを悠眞と見たいと思っていたせいだ。
「じゃなくて、悠眞さんは普段忙しいですから、お休みの日ぐらい、ゆっくり自分のために時間を使ってください」
慌てて発言を取り消そうとする玲奈に、悠眞が「わかった」と、頷く。
「え?」
「八月の後半にいつもより眺めの休みがあるから、ふたりで滋賀に行こう」
普段から、長距離の国際線を飛んだ後は、二、三日の休息を取るが。それとは別で、JTAでは、七月から九月の間のどこかで、連続五日の夏期休暇を取るよう就業規則で義務づけられているそうだ。
「でも悠眞さんは、お疲れでしょうから」
「前から思っていたが、玲奈は俺のことを、仕事だけで体力を使い果たす年寄りと思ってないか?」
「え、まさか! そんなことは……」
慌てる玲奈の姿に、拓也がクスリと笑う。
「冗談だ。普段国際線を任されることの多いから、このタイミングで、国内旅行を楽しみたい」
彼にそんなふうに言われれば、玲奈に断る理由はない。
「はい。悠眞さんの迷惑にならないなら」
「俺から誘っているのに、迷惑なわけないだろ。玲奈は、俺に遠慮しすぎなんだよ」
まだ若干の遠慮を見せる玲奈に、悠眞が言う。
「……」
そう言われて、玲奈があまり遠慮していても、一緒に暮らす彼を困らせてしまうのだと思い直した。
「せっかく玲奈が自分から夏休みの提案をしてくれたんだから、楽しい旅行にしよう」
彼の何気ない一言は、いつも玲奈の心を軽くしてくれる。
「はい」
それならば……と、明るく返事をした玲奈は、昼間店で目にした雑誌のことを離して、悠眞と一緒に旅行の計画をたてていった予定を立てた。