蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
◇◇◇
八月末の旅行は、玲奈の、クレールの勤務がない月曜日から水曜日までの二泊三日で、とういうことになった。
一般的な企業の夏期休暇は過ぎているが、今は休みをずらして取る人も増えてきているし、学生は夏休み期間だ。そのため、宿捜しに苦労するかと思ったが、悠眞があっさりと手配してくれた。
彼の話によると、JTAの親会社である鷹翔グループはレジャー事業に力を入れているため、系列企業で働く者にはグループが経営しているリゾートホテルに優先的に予約を取れる枠があるのだという。
ただリゾートホテルということで、ひとり部屋がなく、同室に泊まらなくてはいけない。
悠眞は玲奈を気遣って、二部屋取ろうかと提案してくれたが、そうすると二倍の料金が掛かるし、社員用の枠を二つ使ってしまうことになる。
それは申し訳ないので、玲奈は同じ部屋で構わないと答えた。
一緒に暮らしてきた中で、彼の人柄は理解しているので同じ部屋に泊まっても問題ない。
そうやって迎えた旅行初日、天候に恵まれて、澄み渡る青空の下を玲奈は悠眞と肩を並べて緩やかな坂道を歩いていた。
「暑くないか?」
「これがあるから」
悠眞に聞かれた玲奈は、手にしている日傘を軽く揺らしてみせる。
今日の玲奈は、Aラインの水色のワンピースに、白のカーディガンを合わせている。
ハーフアップにした髪は、下ろしている毛先をカールさせて、メイクもいつもより華やかだ。
対する悠眞は、白のチノパンに、黒のシャツを合わせて、男物のブレードハットとサングラスで頭と目を、夏の日差しから保護している。
いたってシンプルな装いなのだけど、スタイルのいい彼がやると、粋な着こなしになるから不思議だ。
「それならよかった。琵琶湖から吹いてくる風も、気持ちいいな」
悠眞はそう言って背後を見た。
玲奈もふたりで歩いて来た道を振り返ると、丘陵を下った先には湖面を輝かせる琵琶湖が広がっている。
確かに日差しは強いが、琵琶湖から吹く風のおかげか、緑が豊かなおかげか、アスファルトの照り返しが強い都会の暑さとは違う。
「本当にそうですね」
吹く風の心地よさを味わいたくて、玲奈は瞼を伏せて、深く息を吸い込む。
その姿を見て、悠眞がクスクス笑うので、なんだか恥ずかしい。
「こ、こうやると、気持ちいいですよ」
照れかくしに玲奈が言うと、悠眞が真似をして深呼吸する。
「確かに」
納得して真顔で頷く悠眞の律儀さに、今度は玲奈の方が笑ってしまう。
そんなやり取りに気持ちが軽くなるのを感じて、玲奈は言う。
「悠眞さんが嬉しそうでよかったです」
「玲奈のおかげだ」
玲奈の素直な感想に、悠眞が言う。
「え? 私のおかげ?」
驚く玲奈に、悠眞は大きく頷く。
「この旅行、玲奈があれこれ提案してくれた。そうやって一緒に計画を立てたから、ひとりで気ままに旅をするより楽しめている」
「そういうものですか?」
旅行の計画を立てている時、玲奈としては、自分の希望を言い過ぎるのもよくないのではないかと悩んだ時もあったのに。
「玲奈は相手に合わせる癖がつきすぎていて、いつも俺を優先してくれる。そんな君の優しさに甘えて、俺ばかり楽をさせてもらっているようで、一緒にいるのが心地よいからこそ罪悪感を覚える時がある」
「そんなこと……」
自分たちの意見ばかり押しつけてくる両親の影響で、玲奈は自己主張が苦手な性格に育った。
だけど悠眞と暮らすようになった今、彼のことばかり優先しているのは、そんな理由からではない。
悠眞が喜んでくれることが、素直にうれしいからだ。
「だから、玲奈はもっと自分の希望を言葉にしてほしい。その希望を俺に叶えることで、俺の罪悪感が減って助かる」
悠眞は視線を遠くに向けて、ぶっきらぼうに言う。
一見素っ気ない態度に、彼の優しさが凝縮されている。
彼のその無器用な優しさを心地よく思っていると、ふたりの間を、爽やか風が吹き抜けていく。
風に肌を優しく撫でられる感覚に、玲奈は、自分の心が洗われていくような気がした。
だからなのかもしれない。
自然な流れで、正直な思いがポロリと零れ落ちた。
「希望を言葉にしていいのなら、これからもずっと悠眞さんと一緒にいたいです」
その呟きに、悠眞が「それは困る」と、ため息をつく。
(悠眞さんには、私の存在が迷惑だった?)
やはり彼が契約結婚と、それに向けてのお試としての同居を提案してくれたのは、行き場のない玲奈を同情してのことだったんだ。
それなのに、欲張ってしまった自分が恥ずかしくなる。
俯く玲奈の耳に、悠眞の続きの言葉が届く。
「それじゃあ結局、俺の希望が叶えられるだけだ」
「え?」
玲奈が驚きで目を丸くしていると、悠眞が苦笑する。
「これからもずっと玲奈と一緒にいたい。俺もそう思っていた」
「それって……」
その言葉の意味を確認しようとしたけど、緊張でうまく声が続かない。
ただひたすら、緊張で高鳴る鼓動ばかりが耳につく。
赤面して悠眞を見上げていると、悠眞は被っていた帽子を脱いで、自分の髪を乱暴に掻く。
そしてそのまま、大きな手で自分の顔を覆ってため息をついた。
よく見れば、彼の頬や耳が真っ赤だ。
さっきまで普通だったので、日差しにのぼせたと言うわけではないだろ。
「あの、……悠眞さん?」
突然の行動に玲奈が目を丸くしていると、悠眞は指の隙間からこちらをチラリと見やる。
「ああ、もう」
なにか覚悟を決めたのか、おもむろに顔を上げた悠眞は、日傘を持つ玲奈の手に、自分のそれを重ねた。
悠眞は、突然のことに息を呑む玲奈を真っ直ぐに見つめた。
「この先もずっと一緒にいられるって、期待してもいいですか? ……その、契約とかんじゃなくて」
緊張しつつ玲奈が問い掛けると、悠眞は重ねている手で玲奈の日傘の角度を変える。
「だからそれは、俺の希望なんだって」
そう言って、悠眞は玲奈に唇を重ねた。
「……」
「口下手で悪い。つまりそういうことだ」
すぐに顔を上げて、悠眞が言う。
玲奈は、そんなことないと首を横に振る。
ほんの一瞬触れ合わせた唇に、彼の思いの全てが込められていた。
悠眞と共に暮らして、その人柄をよく理解している玲奈には、このキス一つに彼がどれほどの思いを込めているかがわかる。
「ありがとうございます」
そう言って、玲奈は悠眞の胸に自分の額を押し付けた。
「約束の期日を待たずに、結論を出してもいいか? その場合、イエス以外の返事を聞くつもりはないが?」
玲奈の背中に腕を回す悠眞が聞く。
「はい。うれしいです」
玲奈が消え入りそうな声で返事をすると、抱きしめる腕に力が込められる。
「ありがとう。絶対に君を離さないから」
玲奈も彼の背中に腕を回して、頷くことで自分の思いを伝えた。
八月末の旅行は、玲奈の、クレールの勤務がない月曜日から水曜日までの二泊三日で、とういうことになった。
一般的な企業の夏期休暇は過ぎているが、今は休みをずらして取る人も増えてきているし、学生は夏休み期間だ。そのため、宿捜しに苦労するかと思ったが、悠眞があっさりと手配してくれた。
彼の話によると、JTAの親会社である鷹翔グループはレジャー事業に力を入れているため、系列企業で働く者にはグループが経営しているリゾートホテルに優先的に予約を取れる枠があるのだという。
ただリゾートホテルということで、ひとり部屋がなく、同室に泊まらなくてはいけない。
悠眞は玲奈を気遣って、二部屋取ろうかと提案してくれたが、そうすると二倍の料金が掛かるし、社員用の枠を二つ使ってしまうことになる。
それは申し訳ないので、玲奈は同じ部屋で構わないと答えた。
一緒に暮らしてきた中で、彼の人柄は理解しているので同じ部屋に泊まっても問題ない。
そうやって迎えた旅行初日、天候に恵まれて、澄み渡る青空の下を玲奈は悠眞と肩を並べて緩やかな坂道を歩いていた。
「暑くないか?」
「これがあるから」
悠眞に聞かれた玲奈は、手にしている日傘を軽く揺らしてみせる。
今日の玲奈は、Aラインの水色のワンピースに、白のカーディガンを合わせている。
ハーフアップにした髪は、下ろしている毛先をカールさせて、メイクもいつもより華やかだ。
対する悠眞は、白のチノパンに、黒のシャツを合わせて、男物のブレードハットとサングラスで頭と目を、夏の日差しから保護している。
いたってシンプルな装いなのだけど、スタイルのいい彼がやると、粋な着こなしになるから不思議だ。
「それならよかった。琵琶湖から吹いてくる風も、気持ちいいな」
悠眞はそう言って背後を見た。
玲奈もふたりで歩いて来た道を振り返ると、丘陵を下った先には湖面を輝かせる琵琶湖が広がっている。
確かに日差しは強いが、琵琶湖から吹く風のおかげか、緑が豊かなおかげか、アスファルトの照り返しが強い都会の暑さとは違う。
「本当にそうですね」
吹く風の心地よさを味わいたくて、玲奈は瞼を伏せて、深く息を吸い込む。
その姿を見て、悠眞がクスクス笑うので、なんだか恥ずかしい。
「こ、こうやると、気持ちいいですよ」
照れかくしに玲奈が言うと、悠眞が真似をして深呼吸する。
「確かに」
納得して真顔で頷く悠眞の律儀さに、今度は玲奈の方が笑ってしまう。
そんなやり取りに気持ちが軽くなるのを感じて、玲奈は言う。
「悠眞さんが嬉しそうでよかったです」
「玲奈のおかげだ」
玲奈の素直な感想に、悠眞が言う。
「え? 私のおかげ?」
驚く玲奈に、悠眞は大きく頷く。
「この旅行、玲奈があれこれ提案してくれた。そうやって一緒に計画を立てたから、ひとりで気ままに旅をするより楽しめている」
「そういうものですか?」
旅行の計画を立てている時、玲奈としては、自分の希望を言い過ぎるのもよくないのではないかと悩んだ時もあったのに。
「玲奈は相手に合わせる癖がつきすぎていて、いつも俺を優先してくれる。そんな君の優しさに甘えて、俺ばかり楽をさせてもらっているようで、一緒にいるのが心地よいからこそ罪悪感を覚える時がある」
「そんなこと……」
自分たちの意見ばかり押しつけてくる両親の影響で、玲奈は自己主張が苦手な性格に育った。
だけど悠眞と暮らすようになった今、彼のことばかり優先しているのは、そんな理由からではない。
悠眞が喜んでくれることが、素直にうれしいからだ。
「だから、玲奈はもっと自分の希望を言葉にしてほしい。その希望を俺に叶えることで、俺の罪悪感が減って助かる」
悠眞は視線を遠くに向けて、ぶっきらぼうに言う。
一見素っ気ない態度に、彼の優しさが凝縮されている。
彼のその無器用な優しさを心地よく思っていると、ふたりの間を、爽やか風が吹き抜けていく。
風に肌を優しく撫でられる感覚に、玲奈は、自分の心が洗われていくような気がした。
だからなのかもしれない。
自然な流れで、正直な思いがポロリと零れ落ちた。
「希望を言葉にしていいのなら、これからもずっと悠眞さんと一緒にいたいです」
その呟きに、悠眞が「それは困る」と、ため息をつく。
(悠眞さんには、私の存在が迷惑だった?)
やはり彼が契約結婚と、それに向けてのお試としての同居を提案してくれたのは、行き場のない玲奈を同情してのことだったんだ。
それなのに、欲張ってしまった自分が恥ずかしくなる。
俯く玲奈の耳に、悠眞の続きの言葉が届く。
「それじゃあ結局、俺の希望が叶えられるだけだ」
「え?」
玲奈が驚きで目を丸くしていると、悠眞が苦笑する。
「これからもずっと玲奈と一緒にいたい。俺もそう思っていた」
「それって……」
その言葉の意味を確認しようとしたけど、緊張でうまく声が続かない。
ただひたすら、緊張で高鳴る鼓動ばかりが耳につく。
赤面して悠眞を見上げていると、悠眞は被っていた帽子を脱いで、自分の髪を乱暴に掻く。
そしてそのまま、大きな手で自分の顔を覆ってため息をついた。
よく見れば、彼の頬や耳が真っ赤だ。
さっきまで普通だったので、日差しにのぼせたと言うわけではないだろ。
「あの、……悠眞さん?」
突然の行動に玲奈が目を丸くしていると、悠眞は指の隙間からこちらをチラリと見やる。
「ああ、もう」
なにか覚悟を決めたのか、おもむろに顔を上げた悠眞は、日傘を持つ玲奈の手に、自分のそれを重ねた。
悠眞は、突然のことに息を呑む玲奈を真っ直ぐに見つめた。
「この先もずっと一緒にいられるって、期待してもいいですか? ……その、契約とかんじゃなくて」
緊張しつつ玲奈が問い掛けると、悠眞は重ねている手で玲奈の日傘の角度を変える。
「だからそれは、俺の希望なんだって」
そう言って、悠眞は玲奈に唇を重ねた。
「……」
「口下手で悪い。つまりそういうことだ」
すぐに顔を上げて、悠眞が言う。
玲奈は、そんなことないと首を横に振る。
ほんの一瞬触れ合わせた唇に、彼の思いの全てが込められていた。
悠眞と共に暮らして、その人柄をよく理解している玲奈には、このキス一つに彼がどれほどの思いを込めているかがわかる。
「ありがとうございます」
そう言って、玲奈は悠眞の胸に自分の額を押し付けた。
「約束の期日を待たずに、結論を出してもいいか? その場合、イエス以外の返事を聞くつもりはないが?」
玲奈の背中に腕を回す悠眞が聞く。
「はい。うれしいです」
玲奈が消え入りそうな声で返事をすると、抱きしめる腕に力が込められる。
「ありがとう。絶対に君を離さないから」
玲奈も彼の背中に腕を回して、頷くことで自分の思いを伝えた。