蒼穹の覇者は、激愛で契約妻と秘密の我が子を逃がさない
◇◇◇
悠眞に随行してアメリカに引っ越すのはまだ先だが、忙しい彼に変わって、片付けや必要な準備をするために、玲奈は二月の末でクレールを辞めた。
現在悠眞は海外出張中なので、玲奈としては、このタイミングで片付けておきたい問題がある。
(実家に連絡して、私のパスポートを渡してもらわなきゃ)
悠眞と暮らし始めた頃、梢に協力してもらい、彼と暮らすことなどは伝えてもらったが、様々なものが実家に置き去りになっている。
その中にはパスポートも含まれているので、それを取り戻さなくてはならない。
実際に引っ越すのは春になってからだが、その前に一度渡米して、新居を決める必要がある。
以前、バレンタインデーの夜にサプライズで悠眞が帰ってきた時、泥棒が来たのかと思って怖かったと話したので、セキュリティのしっかりした物件を幾つか候補に選んではあるが、最終的な判断は玲奈の意見を尊重したいとのことだ。
そのためにも、パスポートは必要だ。玲奈としてはそれを口実に、両親に結婚の報告をしたいという思いもある。
早瀬家との婚約と破談は最後の引き金でしかなく、これまでの家族の歴史を振り返ってみても、玲奈は両親に愛されたという実感が持てない。
恐らく両親にとって玲奈は、本家とマウントを取り合うための道具でしかなかったのだろう。
実の両親に愛されていないという事実は、気付くのが難しい。
他の誰かに駆け引きのない愛情を捧げられて、初めて気付くことができる。
だから玲奈は、自分に向けられる悠眞の深い愛情に触れて始めて、自分が両親に愛されていないことを知った。
(私には、悠眞さんがいてくれるから、それでいい)
これからの玲奈の人生は、悠眞と共にある。
だから両親に愛されていないことを、悲しいとは思わないし、関係を修復したいとも思わない。
ただ日本を離れる前に、最後の礼儀として、彼と結婚することは自分の口から報告しておくべきだろう。
そう考えた玲奈は、記憶に残る実家の番号に電話をかけてみた。
『はい。白石でございます』
長いコール音の後に、電話の向こうから、警戒を滲ませた母の花乃の声が聞こえてきた。今の玲奈の携帯電話の番号を知らないので、当然の反応だ。
だから玲奈は、できるだけ優しい声で、花乃に話しかける。
「お母さん、お久しぶりです。玲奈です」
『玲奈っ! あなた、今までどこにいたの? 梢さんに聞いても、行き先を教えてくれないし、私がどれだけ、あなたを探していたと思っているの』
相手が玲奈とわかり、花乃が、一気にたたみかけてくる。
こちらを叱りつけるような口調に、つい身がすくんでしまうけど、あの日、玲奈を『役立たず』と罵っていた母が自分を気にかけていてくれたのだと思うと、少し心が温かくなる。
「ごめんなさい。実は、あの日一緒にいた彼と、正式に結婚することにしたの。それで、お父さんとお母さんに報告したくて……」
そのまま、彼と渡米することや、そのためにパスポートが必要なことを話そうとした。でも先に花乃が口を開いた。
『て言うことは、まだ結婚していないのよね?』
「え、うん」
こちらを咎めるような花乃の勢いに、ついたじろいでしまう。
そんな玲奈に、花乃はこう続けた。
『そう……実はお父さんが倒れて、玲奈に会いたがっているの。今すぐあなたひとりで帰ってきて』
「えっ!」
思いがけない発言に、心臓が潰れそうな衝撃を受けた。
『とにかくそういうわけだから、今すぐ帰って来なさいっ!』
玲奈が驚いて言葉を失っている間に、花乃はそれだけ言うと、一方的に電話を切ってしまった。
「お父さんが倒れた……」
鷹翔グループの規模と比べれば、父の幸平が経営する白石運輸など、小さな運送会社に過ぎない。それでも社員を雇って経営しているのだから、その社長である幸平が倒れたとなれば、仕事にも影響がでるだろう。
詳しい状況はわからないが、幸平はかなりのワンマンだったので、急に倒れたとなれば、社員は困っているのではないだろうか。
幸平の秘書をしていた玲奈になら、なにか手助けできることがあるかもしれない。
そう思った玲奈は、身支度を始めた。
玲奈の実家は都内だが、神奈川にあるこのマンションからなら、日帰りで往復できる。だけど父親の病状次第ではすぐに戻ってくることができないかもしれない。
簡単に部屋を片付け、念のために数日分の着替えをカバンに詰める。
そこまで準備して、いざ出掛けようとした玲奈は、悠眞への連絡をどうしようか悩んだ。
現在海外出張中の彼は、後数日は帰ってこない予定だ。
だから今日のうちに玲奈がここに帰ってこられるようであれば、急いで報告して、忙しい彼にまで気を遣わせる必要はない。
状況を確認して、彼が帰宅してから話せばいい。
以前、バレンタインデーに玲奈のメッセージを見て、急いで帰宅した彼のことを思えばなおさらだ。
「でも、もし急な予定変更で、早く帰って来た時に私がいないと、悠眞さんが心配するよね?」
これまでずっと、買い物などの些細な用事でも、彼が帰ってきそうなタイミングで出かける時は、メッセージで一言そのことを伝えるようにしていた。
だからもし玲奈の留守中に悠眞が帰ってくるようなことがあれば、なにも伝えないことで、かえって心配をかけてしまうだろう。
少し悩んで、結局、テーブルにメモを残しておくことにした。
【しばらく実家に帰ります】
なんとなく家出する妻の置き手紙のようではあるが、詳しい事情を書いて心配させるよりずっといい。
それに、彼が帰国するより先に玲奈が戻れば、どうせ捨ててしまうメモだ。
父の病状が深刻でないことを願う玲奈としては、このメモがゴミとして終わることを願うばかりである。
だからこその思いを込めて、玲奈は簡素なメモだけを残して彼と暮らすマンションを後にした。
悠眞に随行してアメリカに引っ越すのはまだ先だが、忙しい彼に変わって、片付けや必要な準備をするために、玲奈は二月の末でクレールを辞めた。
現在悠眞は海外出張中なので、玲奈としては、このタイミングで片付けておきたい問題がある。
(実家に連絡して、私のパスポートを渡してもらわなきゃ)
悠眞と暮らし始めた頃、梢に協力してもらい、彼と暮らすことなどは伝えてもらったが、様々なものが実家に置き去りになっている。
その中にはパスポートも含まれているので、それを取り戻さなくてはならない。
実際に引っ越すのは春になってからだが、その前に一度渡米して、新居を決める必要がある。
以前、バレンタインデーの夜にサプライズで悠眞が帰ってきた時、泥棒が来たのかと思って怖かったと話したので、セキュリティのしっかりした物件を幾つか候補に選んではあるが、最終的な判断は玲奈の意見を尊重したいとのことだ。
そのためにも、パスポートは必要だ。玲奈としてはそれを口実に、両親に結婚の報告をしたいという思いもある。
早瀬家との婚約と破談は最後の引き金でしかなく、これまでの家族の歴史を振り返ってみても、玲奈は両親に愛されたという実感が持てない。
恐らく両親にとって玲奈は、本家とマウントを取り合うための道具でしかなかったのだろう。
実の両親に愛されていないという事実は、気付くのが難しい。
他の誰かに駆け引きのない愛情を捧げられて、初めて気付くことができる。
だから玲奈は、自分に向けられる悠眞の深い愛情に触れて始めて、自分が両親に愛されていないことを知った。
(私には、悠眞さんがいてくれるから、それでいい)
これからの玲奈の人生は、悠眞と共にある。
だから両親に愛されていないことを、悲しいとは思わないし、関係を修復したいとも思わない。
ただ日本を離れる前に、最後の礼儀として、彼と結婚することは自分の口から報告しておくべきだろう。
そう考えた玲奈は、記憶に残る実家の番号に電話をかけてみた。
『はい。白石でございます』
長いコール音の後に、電話の向こうから、警戒を滲ませた母の花乃の声が聞こえてきた。今の玲奈の携帯電話の番号を知らないので、当然の反応だ。
だから玲奈は、できるだけ優しい声で、花乃に話しかける。
「お母さん、お久しぶりです。玲奈です」
『玲奈っ! あなた、今までどこにいたの? 梢さんに聞いても、行き先を教えてくれないし、私がどれだけ、あなたを探していたと思っているの』
相手が玲奈とわかり、花乃が、一気にたたみかけてくる。
こちらを叱りつけるような口調に、つい身がすくんでしまうけど、あの日、玲奈を『役立たず』と罵っていた母が自分を気にかけていてくれたのだと思うと、少し心が温かくなる。
「ごめんなさい。実は、あの日一緒にいた彼と、正式に結婚することにしたの。それで、お父さんとお母さんに報告したくて……」
そのまま、彼と渡米することや、そのためにパスポートが必要なことを話そうとした。でも先に花乃が口を開いた。
『て言うことは、まだ結婚していないのよね?』
「え、うん」
こちらを咎めるような花乃の勢いに、ついたじろいでしまう。
そんな玲奈に、花乃はこう続けた。
『そう……実はお父さんが倒れて、玲奈に会いたがっているの。今すぐあなたひとりで帰ってきて』
「えっ!」
思いがけない発言に、心臓が潰れそうな衝撃を受けた。
『とにかくそういうわけだから、今すぐ帰って来なさいっ!』
玲奈が驚いて言葉を失っている間に、花乃はそれだけ言うと、一方的に電話を切ってしまった。
「お父さんが倒れた……」
鷹翔グループの規模と比べれば、父の幸平が経営する白石運輸など、小さな運送会社に過ぎない。それでも社員を雇って経営しているのだから、その社長である幸平が倒れたとなれば、仕事にも影響がでるだろう。
詳しい状況はわからないが、幸平はかなりのワンマンだったので、急に倒れたとなれば、社員は困っているのではないだろうか。
幸平の秘書をしていた玲奈になら、なにか手助けできることがあるかもしれない。
そう思った玲奈は、身支度を始めた。
玲奈の実家は都内だが、神奈川にあるこのマンションからなら、日帰りで往復できる。だけど父親の病状次第ではすぐに戻ってくることができないかもしれない。
簡単に部屋を片付け、念のために数日分の着替えをカバンに詰める。
そこまで準備して、いざ出掛けようとした玲奈は、悠眞への連絡をどうしようか悩んだ。
現在海外出張中の彼は、後数日は帰ってこない予定だ。
だから今日のうちに玲奈がここに帰ってこられるようであれば、急いで報告して、忙しい彼にまで気を遣わせる必要はない。
状況を確認して、彼が帰宅してから話せばいい。
以前、バレンタインデーに玲奈のメッセージを見て、急いで帰宅した彼のことを思えばなおさらだ。
「でも、もし急な予定変更で、早く帰って来た時に私がいないと、悠眞さんが心配するよね?」
これまでずっと、買い物などの些細な用事でも、彼が帰ってきそうなタイミングで出かける時は、メッセージで一言そのことを伝えるようにしていた。
だからもし玲奈の留守中に悠眞が帰ってくるようなことがあれば、なにも伝えないことで、かえって心配をかけてしまうだろう。
少し悩んで、結局、テーブルにメモを残しておくことにした。
【しばらく実家に帰ります】
なんとなく家出する妻の置き手紙のようではあるが、詳しい事情を書いて心配させるよりずっといい。
それに、彼が帰国するより先に玲奈が戻れば、どうせ捨ててしまうメモだ。
父の病状が深刻でないことを願う玲奈としては、このメモがゴミとして終わることを願うばかりである。
だからこその思いを込めて、玲奈は簡素なメモだけを残して彼と暮らすマンションを後にした。