そのキス、契約違反です。~完璧王子の裏側には要注意~
次の日。
リビングに向かうと、今日も彩葉はキッチンに立っていた。
エプロン姿で、背中を向けたまま。
フライパンの上で何かを焼く音と、換気扇の音だけが響いている。
「おはよ」
「……おはよう」
返事は返ってきた。
でも、振り返ってはくれない。
近づこうと一歩踏み出すと、
タイミングよく彩葉は鍋の蓋を開けて、湯気が立ち上る。
物理的な距離も、心の距離も、そこから一向に縮まらない。
「……なあ」
「なに?」
声だけ、返ってくる。
「……絢斗とは、楽しそうだったな」
彩葉の肩が、わずかに揺れた。
「……そう?」
「俺には、最近ああやって笑わねぇのに」
長い沈黙が、二人の間に落ちた。
「……それ、気にすること?」
やっと返ってきた言葉は、冷たくはない。
でも、突き放すようで。
……このままじゃ何も変わらない。
彩葉は、今のこの距離感を変えるつもりがない。
逃げることを選んでいる。