そのキス、契約違反です。~完璧王子の裏側には要注意~




次の日。



リビングに向かうと、今日も彩葉はキッチンに立っていた。


エプロン姿で、背中を向けたまま。

フライパンの上で何かを焼く音と、換気扇の音だけが響いている。



「おはよ」

「……おはよう」



返事は返ってきた。

でも、振り返ってはくれない。


近づこうと一歩踏み出すと、

タイミングよく彩葉は鍋の蓋を開けて、湯気が立ち上る。


物理的な距離も、心の距離も、そこから一向に縮まらない。



「……なあ」

「なに?」



声だけ、返ってくる。



「……絢斗とは、楽しそうだったな」



彩葉の肩が、わずかに揺れた。



「……そう?」

「俺には、最近ああやって笑わねぇのに」



長い沈黙が、二人の間に落ちた。



「……それ、気にすること?」



やっと返ってきた言葉は、冷たくはない。

でも、突き放すようで。


……このままじゃ何も変わらない。


彩葉は、今のこの距離感を変えるつもりがない。

逃げることを選んでいる。




< 274 / 297 >

この作品をシェア

pagetop