そのキス、契約違反です。~完璧王子の裏側には要注意~



「……覚悟は、できてるんだな」



ようやく向けられた言葉は、責めるでも慰めるでもない。

ただの、確認。


「はい」


即答した。

できている“ふり”なら、もう完璧だった。

創さんは私をまっすぐ見てから、ほんの一瞬だけ視線を逸らした。



「……彩葉ちゃん」



梓さんが、そっと私に近づく。

迷うように空中で止まった手が、静かに私の肩に触れた。



「蓮ね……あなたが来てから、本当に柔らかく笑うようになったの」



……嬉しい、なんて思ってしまう。


もし私が、普通の女の子だったら。

もし私が、護衛じゃなかったら。

彼氏の家族に言われるには、この上ない言葉なのに。



「……ほら、ウチってこういう家だから…蓮も段々笑わなくなっちゃって。笑ったとしても、作り笑顔で」



蓮は、暴力もヤクザも嫌い、と言っていた。


その理由が、今なら少しわかる。

無理に背負わされてきたもの。
笑う余裕すら奪われてきた時間。



「………お役に立てたのであれば、嬉しいです」



……私も今、作り笑顔だ。

蓮といる時は、自然に笑えていたのに。


「……では、これで失礼します。本当にお世話になりました」


私は振り返らなかった。


振り返ってしまったら─きっと、蓮の顔を思い出してしまうから。


だから。

そのまま、一歩、外へ出た。

扉が閉まる音。


これでいい。


これが、護衛としての


そして……蓮を好きになってしまった私の、けじめ。





< 286 / 311 >

この作品をシェア

pagetop