そのキス、契約違反です。~完璧王子の裏側には要注意~
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蓮の護衛を辞めてから、数週間。
時間は思っていたよりも静かに流れていた。
何かが大きく変わったはずなのに、世界は驚くほど何事もなかったみたいに回り続けている。
luxの任務。
仮面闇オークションへの潜入日も、少しずつ近づいてきていて。
準備は順調だった。
……問題があるとすれば、私の心だけ。
任務を終えて、本部に帰る途中。
歩道橋を上がり、無意識に前を見たその瞬間。
反対側の歩道を歩いている、見覚えのある後ろ姿が視界に入った。
——え。
一瞬、思考が止まる。
違ってほしい。
人違いであってほしい。
……でも同時に、また会いたいって気持ちが、胸の奥から湧き上がってくる。
今すぐ走って行って、
名前を呼んで、確かめてしまいたい衝動。
それを、必死で押し殺す。
その人がふと立ち止まって、横を向いた瞬間。
横顔が、見えてしまった。
「…………蓮……」
声にはならなかった。
伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。
呼びたい。
でも、ここで呼んでしまったら。
会いに行ってしまったら。
それまで積み重ねてきた覚悟が全部、無意味になる。