鬼上司のバニーガール ~部長、あなたが撫でているのは愛兎ではなくあなたの部下です~
「牧野」

 条件反射で背筋がピシっと伸びる。この至近距離で声をかけられたら、さすがに無視はできない。

 心構えは少しもできていないというのに、とうとうそのときが訪れてしまった。

(うっ、ですよねー……気づいてますよねー……)

 梢は観念して、孝仁と相対する。

「……部長、おはようございます」
「ああ、おはよう」

 相変わらずこの人の表情からはなにも読み取れない。あの日、梢にあれだけのことをしておいて、よくもまあ通常運転でいられるものだ。

「えーと……」
「君もこんなところに突っ立っていないで、早く中に入りなさい」

 孝仁はそれだけを言って、さっさと己の席へ戻って行く。どうやらあの日のことについて触れるつもりはないようだ。

 今は月曜の朝という忙しい時間帯。仕事のこと以外に構う暇はないのかもしれない。

 緊張で全身ガチガチに固まっていた梢は、まさかの展開に一気に脱力する。自分の足だけでは体を支えていられなくて、壁に手をつき、バランスを保った。その状態で安堵のため息を長く細く吐き出す。

(よかったー。なにも言われなかった。油断禁物だけど、とりあえずはセーフ! でも、今ので絶対に寿命縮んだんだけど……許すまじ! 永山!)

 永山への怒りが蘇る。結局、金曜のことも適当な謝罪をされただけで終わってしまった。

 彼のことだ。きっともう忘れているに違いない。

 梢は永山へジトっとした目を向ける。けれど、彼は孝仁に指摘された件で忙しいようで、梢の冷たい視線に気づくことはなかった。
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