女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第七十九話 思わぬ落とし穴

 私とヤコブが並ぶ席まで来ると、イザベラは声のトーンを落として小声で話しかけてきた。私達の周囲に生徒はいないので、他の誰にも聞こえてはいないだろう。

「ロミーナ嬢の魔法の成績って、足りているの?」

 一瞬、何を言われているのか分からなかった。私が戸惑っているのに気づいたのだろう。横から小声でヤコブが補足してくれる。

「ステータスの話ですね。セドリック攻略時の」

 そこでようやく私は話の内容を理解した。攻略したことは無くても、各攻略対象がどのステータスの高さが必要なのかはなんとなく理解している。アレクサンドは全体的に高く、レオナルドは淑女としての礼儀作法の数値で、ステファンは知識、教養。そしてセドリックは魔法のステータスの高さが一定以上必要だったはずだ。
 そういえば、ロミーナはあまり魔法の成績が良くない。セドリックを攻略するには数値が足りないことを心配するのも当然だ。

「た、確かに……ロミーナ嬢の魔法って、そんなに悪いわけじゃないけど、凄く良いわけでもないのよね」

 彼女はどちらかといえばヤコブと同じような成績をしている。魔法は魔力量など才能にも左右されてしまう。そのため、魔法は平均程度まで頑張り、それ以外の成績の高さで魔法の能力の低さをカバーしている。実は騎士のはずのステファンの方が、ロミーナよりも魔法の成績が良かったりするのだ。

「せめてステファン様と同程度くらいには無いと、セドリックルートは難しかったはず……」

 イザベラに言われて、私はその辺りを完全に忘れていたことに気が付いた。メロディは知識、教養面は余裕があるのでステファン攻略は問題ない。問題は、ロミーナの魔法の成績。

「ロミーナ嬢に言って、練習する必要があるわよね……」

 中間試験までは後一ヶ月程度。時間はあるようで少ない。また出現した新たな課題に、私は頭を抱えた。



 とりあえず、魔法を教えるとしたら私だろう。そのため、私はロミーナに話してみることにした。王族専用食堂を出ていくロミーナとセドリックを呼び止める。

「どうしましたカ?」

「あの、ちょっと相談があって……」

 今思うとセドリックの前で言っていいのだろうか。ふと心配になるが、私は話を進めた。

「またロミーナ嬢に、ライ語を教えて欲しいなと思いまして。そろそろ、中間試験が始まるでしょう?」

「あア、そう言うことですカ」

 納得したのか、ロミーナは頷いてくれる。両手で私の手を取ると、アプリコット色の目を細めて愛らしい笑顔を向けて励ましてくれた。

「もちろン、私でお役に立てるなラ」

「そこでなんですけど、教わってばかりも申し訳ないので、私の方からも魔法を教えましょうか? 一番自信があるのが、そこなんです」

「魔法ですカ?」

「ええ。魔力の調整や制御は得意なので、先輩が習う物でも何かアドバイスできると思って」

 ロミーナは首を傾げると、少し考えこむ。隣にいたセドリックは先輩同士の交流を黙って見守ってくれている。ロミーナが考えている間に少し視線を向けると、セドリックは菫色の瞳をパチパチ瞬かせていた。視線が合うとにっこり微笑んでくれる。なんとも考えが読みにくい人だ。

「えっト、そういうことでしたらお願いしま」

「僕じゃダメですか?」

 その言葉は唐突だった。余計なことを言わず、いつも先輩を立てて大人しくしていたセドリックが、こうして口を挟むのは珍しい。ロミーナも驚いて彼を見るが、いつもと変わらず明るい笑みを見せている。

「僕の方が、たぶん魔法は得意ですよ。なんなら、モンリーズ嬢も一緒に見てあげましょうか?」

 まあ、確かに魔法の強さで飛び級してしまうような人間だ。しかも、将来は王宮魔術師団の団長になるような人物からの指導。受けてみたくはある。ただ、ロミーナが魔法を練習するのに、目的だったセドリックに教わると言うのは良いものなのかどうなのか。
 私は言葉に詰まり、考え込んでしまうがロミーナの返事は早かった。

「良いですネ! セドリック様の魔法は凄いですかラ! リリアンナもきっともっと上手になりますヨ」

「……えっと、じゃあ、そういうことでお願いします」

「僕、頑張って教えますね!」

 明るい笑顔の二人に挟まれて困惑してしまう。どうしようかとすぐ傍で控えていたシヴァを振り返る。今回の作戦について詳細を話していなかったためか、彼は私が何をしようとしていたのかすらよく分かっていないだろう。目が合うと呆れたように肩をすくめてみせた。
 ……これはこれで、解決してしまったかもしれない。



 ロミーナとセドリックの仲はどんどん深まっていく中、メロディとセドリックはというと、大した進展は見せていない。相変わらずセドリックは必要最低限しか関わらず、食堂で居残って練習に励むメロディとイザベラの様子を眺めているだけだ。

「片方が良くなったと思ったら、片方は進展しなくて……本当、難しいわね」

「いや、人の恋路にあれこれ手を貸そうとすりゃそうなるだろ」

 いつもの帰りの馬車の中、私はシヴァに今日しようとしていたことや、悩みについて話した。シヴァは一貫して、私が彼らに手を貸そうとするのに少し否定的だ。言わんとすることは分かるが、こればかりはせっかくここまで来たので引きたくない。

「でもさ、どうせだったら皆幸せでいて欲しいじゃない。好きなら好き同士、一緒に居られた方が良いでしょう?」

 そう私が訴えると、シヴァは呆れたようにため息をつく。しかし、彼の手は優しく私の頭を撫でてくれた。手の動きに合わせて頭が揺れるが、なんとかシヴァの顔を覗き込むと優しそうに微笑んでくれている。

「まあ、お前は昔っからそういう奴だよな」

 恥ずかしくもあるが、嬉しい言葉だ。私が笑みを返すと、シヴァは頭を撫でる手を止めた。

「まあ、ステファン様は元々お堅い性格だからな。ロミーナ嬢という婚約者がいる以上、おおっぴらには動かないし愛情表現もできないだろう」

 言われてみればその通りだ。堅物で寡黙で口が堅くて、規律やルールに厳しい彼のことだ。感情と行動は分けているに違いない。そんな中でも、メロディのために練習を見守り、付き添ってくれるだけでも異例なのだ。王族専用食堂ということで、決まった人しか出入りしない場所。人目に付かないからこそ、なんとか成立している関係だ。

「じゃあ、どうすればいいと思う?」

 私の質問に、シヴァは少し考えこむと口を開いた。
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