女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第八十二話 カフェでの調査

 ちりんと軽やかなベルの音が鳴る。店内に入ると、外界の喧騒が遮断され、静かで落ち着いた空気に包まれた。このカフェは、一つ一つのテーブルが丁寧に配置されており、革張りのソファや、控えめな色調のカーテンが高級感を醸し出している。席と席の間隔が広くとられているため、実際には客が入っているにもかかわらず、人が少なくゆったりとしているように見えた。

「いらっしゃいませ。二名様ですか?」

 品のいい制服を着た店員が、優雅な仕草で尋ねてくる。

「ああ。静かな席を希望したいんだが」

 店員とシヴァが会話している間、私はざっと店内を見渡した。メロディとステファンは出入り口のすぐ近くの席にいたので、すぐに見つかった。他に見知った顔はない。アレクサンドから肖像画を見せてもらい覚えたアルベリヒ、ディトリヒの二人の姿も見えない。
 シヴァが会話を終えると一番奥の席に案内された。一通り店内が見渡しやすい位置取りだ。従業員室や奥にある個室に繋がる通路にも近いため、見張りやすい。本来は4人席のようだが、私もシヴァも店内を監視しやすいようソファに隣同士で座った。シヴァが詰めて座ってくるので体が密着する。

「シヴァ、近くない……?」

「わざわざ隣同士に座るんだから、そういうカップルに見える必要があるだろ」

 まあ、それはその通りだ。それにしても恥ずかしい。店内がよく見えるため、従業員が微笑ましそうにこちらを見ているのまで丸わかりだ。
 顔が赤くなっているのを自覚しながら、私は思い切ってシヴァの腕に絡みついた。少し驚いたのか、反対の手でメニューを手繰り寄せていたシヴァの体が小さく跳ねる。こちらを見てきたシヴァは微笑むと、私の頭を愛おしげに撫でてくれた。そのまま私の頭に顔を寄せると、ちゅっと小さくリップ音がする。
 さすがにサービス精神旺盛すぎませんかね⁉ と私が動揺してキスされた頭に手を当てている光景を見て、面白そうにシヴァが笑う。
 やめてよ! ますます店員さんが私達を見てニコニコしてるから!

「注文は何にする?」

 何事もなかったかのように話しているシヴァが今は憎らしい。この恥ずかしい状況でよくそんな平然とした態度が取れるものだと内心で毒づきながら、私は渋々メニューに目を落とした。メニューは美しいカリグラフィーで書かれており、高級カフェにふさわしくシンプルなサンドイッチや季節のタルト、数種類のスコーンなどが並んでいる。特に紅茶は銘柄が豊富だ。

「私はプレーンスコーンとアールグレイにする」

「俺は季節のフルーツタルトとセイロンティーで」

 相変わらず、シヴァは意外と甘いものが好きだ。そういうギャップも可愛いのだからズルい。
 注文は決まったものの、気を使っているのか店員さんがなかなか来ない。こういう時はこのテーブル担当の従業員がどこかにいるはずなんだけど……
 周囲を見渡していると、メロディとステファンの様子が視界に入った。メロディが楽しそうに何かを話しており、コロコロと表情を変える可愛らしい姿にステファンの表情も緩めている。あんな柔らかい表情のステファンなんて見たことがない。距離が縮まっているようで何よりだ。
 私が二人を観察している間に、シヴァが店員にアイコンタクトをして注文を済ませてくれた。

「シヴァ、ありがとう」

「どういたしまして。二人の様子は?」

「仲良くなってるみたい。あんなステファン様はじめて見たよ」

「そうか」

 二人で雑談をしながら、二人の様子を観察する。注文した物が運ばれてくる頃には、ステファンが店員を呼び止めて何か長話をしていた。きっと調査をしてくれているんだろう。

「聞き込みはステファン様がしてるみたい」

「同じ質問をしたら不自然だ。オレ達は何も言わないでおこう」

 話を終えるとステファンとメロディが席を立つ。お会計をして外に出て行った。窓から見える姿でその後の進行方向が何となく伺える。地図を見ると、その先には二か所店があった。そのどちらかに行っているんだろう。
 シヴァに情報を共有し、私は届いたスコーンに手を伸ばす。シヴァの右腕に手を絡ませたままの姿勢だから、シヴァは食べにくいかもしれない。そう思い手を離そうとすると、気にするなとでも言うようにシヴァのフォークが私の口に寄せられた。思わず口を開けると爽やかなオレンジの香りとサクサクとした甘すぎないタルトの生地が口いっぱいに広がる。噛めば濃厚なカスタードクリームが舌先に触れて、一気に甘みを感じた。
 急なことに不思議に思ってシヴァを見ると、気にせず残りのタルトを口に入れている。どうやら一口目をわざわざ私にくれたらしい。
 お返しをしないのも何かと思い、私のスコーンをシヴァの口元に寄せると遠慮がちにちょっとだけ齧る。ちょっと照れて視線が合わないシヴァの様子は珍しい……あーんするのって楽しいかもしれない。

 そんなバカップルな行動をしていると、店員さん達から生暖かい目で見られていたことに後になって気付いた。





 ***





 一方その頃。イザベラはアレクサンドと二人で酒場に来ていた。昼間はただのランチを提供するお店になっている。至って普通に注文し、食事を摂りながらイザベラはキョロキョロと周囲を見渡す。
 彼女もアレクサンドの変装魔法で茶髪に緑色の目になっていた。一般市民と変わらない生成りのブラウスに濃紺のロングスカートと言う姿で、いつもは宝飾品を付けて飾り立てられている長い髪も下ろしっぱなしだ。髪を下ろすと少し幼げに見える彼女は、今はただの美少女に過ぎない。周囲から好奇の視線にさらされても、彼女は特に気にしていなかった。それよりも目当てのメロディとリリアンナを探す方が重要らしい。
 対するアレクサンドはそんなイザベラの様子を愛おしげに見つめていた。彼は彼で黒髪に青い目の一般市民に扮している。しかし、そのオーラと美貌は隠せない。彼も周囲の女性陣の目を引いていた。

「……あの、殿下」

「今は任務中だから、アレクで良いよ」

「えっと……アレク」

 名前を呼ばれてアレクサンドは心底嬉しそうに微笑む。その表情に圧倒されてイザベラは顔を赤くした。

「メロディ嬢やステファン様、リリアンナはどこに? いくら変装魔法をしているとはいえ、あの美貌なら目立つはずでしょう? 全然見当たらないのですが」

「ここにはいないよ。違う方向を調査してもらっているから」

「はあ⁉」

 イザベラの大きな声に店内の視線が集まる。それに気付いてイザベラは慌てて下を向いて俯いた。イザベラとしては、今日はメロディとステファン、リリアンナとシヴァのカップリングを眺めるのが楽しみだったのだ。それがいないとは本気で想像していなかった。

「メロディ嬢達がいたら、君はずっとそっちを見るんだろう? そんなの許せなくてね。……まあ、そんなことは良いじゃないか。ベラ」

 イザベラを愛称で呼びながら、テーブルの上できゅっと彼女の手を握ってくる。あまりのことにイザベラは顔を真っ赤にして動けなかった。

「今は俺のことを見て欲しいな」

 イザベラの目をまっすぐ見ながら言うアレクサンドは実に楽しそうだ。

「だ、騙された……」

 恥ずかしさと照れで顔を真っ赤にしながら俯き、イザベラは小さく呟いた。
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