女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第八十三話 宝飾品店での調査

 カフェを出てステファンとメロディはどこに行ったのかと二つの店舗を回る。一か所目の酒場にはいないので、もう一か所の宝飾店に向かうと、窓越しに二人の姿が見えた。時間も経っているので、不審ではないかと思い店に入る。
 扉を開けて足を踏み入れた宝飾店は、王都の中心にあるような最高級店とは趣が異なっていた。豪華絢爛というよりは落ち着いた上品さがある。店内の照明は控えめだが磨かれた木製のカウンターとショーケースが並び、そこかしこに装飾品がきらめいている。客層は低位貴族や、裕福な商人といった富裕層の平民が主なようだ。既に客がニ、三組おり、誰もが真剣に品定めをしている。店員も過剰な愛想はないが、客一人ひとりに丁寧に対応していた。

「これも凄い可愛いですよ! あ、こっちの色も綺麗です!」

 今まで平民だったメロディとしては、こんな宝飾品を見られることの方が珍しいのだろう。興味深そうにショーケースを見て回っている。現在ステファンとメロディの二人は変装魔法で同じ髪色と目の色をしていた。そんな一見兄妹にしか見えない二人で、妹と思わしき人物が明るくはしゃいでいるのだ。店員は本気で仲が良い兄妹だと思っているのか、微笑ましそうにメロディのことを見ていた。
 私とシヴァは近くに寄ってみたが、どうやら気付かれてはいないようだ。横目で見てもメロディは気付かず、ショーケースに釘付けだ。

「近すぎても迷惑だろう」

 困ったように笑いながら、メロディの肩に手をかけてステファンはショーケースから引き離す。メロディは嫌がらずに応じて、ステファンの顔を見ると微笑んだ。実に仲睦まじい様子に私も安心する。

「リリー、この石なんかどうだ?」

「わあ! 綺麗」

 一般客になりすまそうと、シヴァが綺麗なサファイアの指輪を見せてくれる。私も一般客のように、幸せそうな彼女を演じた。まあ、事実シヴァと一緒に抗して外出している時点で幸せなのは確かなのだが。
 気を良くした店員が色々見せてくれる。そんな中、少し横にずれた際にステファンとシヴァの肩がぶつかった。二人は何も言わないで軽く会釈をする。シヴァなら良くても私は顔でバレてしまうかもしれない。慌ててシヴァの陰に隠れて顔を背けた。

「どうしたんですか?」

 メロディに言われてステファンはすぐに顔を逸らした。バレたかな? と心配でシヴァを見ると、彼は小さくため息をつく。思わず笑ってしまうと、シヴァはちょっとむっとしていた。
 ちらっとメロディの方を見れば、彼女は楽しそうに宝飾品を見ている。しかし、鑑賞であって決して選びはしなかった。

「これ、似合いそうだな」

「そうですかね?」

 ステファンがそう言って髪飾りを見せてみたが、メロディは決して首を縦には振らなかった。仲が良いとはいえ、相手は婚約者のいる男性。物を贈り合う関係は良くないと、ちゃんと理解しているのだろう。そして、自分自身にはこういうものを気軽に買える資産も存在しないと。
 ステファンは困っていたが、結局何もできず笑顔を作るだけだった。本来はメロディに何かプレゼントしたいだろうに、なんともいじらしい。

「あ、そうだ! あの伯父さんがここで買ったっていう商品が見てみたいって話していたんですよ」

「どんな商品でしたか?」

「伯父さんが伯母さんにプレゼントしたっていうブレスレットです。伯父さんは深緑の髪の60歳くらいの人なんですけど、売った覚えはありますか? 白髪交じりの、彼より少し背の低い人なんですけど」

 メロディが何かを思い出したように声を出した。店員に伝えるのは例のソプレス王国の元宰相アルベリヒの外見だ。ステファンのことも引き合いに出し、身長まで伝えてみる。言われた店員は少し考え、何かを思い出したようだ。

「ああ、あの方ですね。よく来て下さいますよ。ただ、ブレスレットを買っていたかどうかは調べてみないと……」

 そう言って店員は一度奥に引き返していった。調査はどうやら順調なようだ。私は安心してシヴァと店員さんとの話に戻っていった。



 それから数分後。店のドアが開いた。つい視線がドアの方へ向く。
 そこには、宝飾品の店には不釣り合いな大男が立っていた。鋭い鷲鼻が目立つ顔には特に眉間に深く皺が刻まれている。いかにも気難しそうな40代くらいの男性だ。黒い目は目つきが悪く、深い緑色の髪はワックスで後ろに撫でつけられている。服装は軍服のようで、派手なマントやら金装飾がいたるところについていた。
 一目見て分かった。アレクサンドと共に探っていた人物の1人で、事件の功績で侯爵位にまで上り詰めたディトリヒ・ベルナルドだ。
 先程店員にステファン達が確認していたのは彼の親戚のアルベリヒの方。彼もこの店に来ていたのが本当なら、二人が密会しているというのはこの店かもしれない。調査中に彼と出会えるとは運が良い。

「ベルナルド侯爵様。ようこそいらっしゃいました」

 奥から慌てて店主らしい男性がやって来る。店主に導かれて、ディトリヒは奥の個室へと向かっていった。メロディとステファンの方を見れば、二人共真面目な表情で頷き合っている。シヴァの方を見ると、彼は目を丸くして固まっていた。

「シヴァ? どうしたの?」

「……あいつが、ディトリヒ?」

「そうみたいだね」

 小声で返事をすると、シヴァは放心して何か考え込む。そんな彼を店員さんが不審がらないように、私は再び宝飾品の話題を出した。店員さんも、やはりあの男の存在には驚かされるのだろう。びっくりしていたが、すぐに笑顔で私の話に乗ってくれた。だって、あんな人相の悪い軍服着た男が一人でこっそり彼女や奥さんにプレゼントなんて買っているようには見えないもん。偏見かもしれないけどね。



 街は夕暮れ時を迎え、空は茜色に染まり始めていた。一日中賑わっていた通りも徐々に人影がまばらになり、露店は店じまいを急いでいる。あちこちから、家に帰る人々が交わす穏やかな挨拶や、戸を閉める音が聞こえてきていた。
 どうやらメロディとステファンも解散のようだったので、私達も帰路に着いた。用意してある馬車まで、シヴァと手を繋いで歩いていく。ディトリヒの登場から、シヴァは何かを考えることが増えていた。それでも、私は特に何も言わない。きっとシヴァなら、ちゃんと言うべきことは言うと信じているから。
 そうやって無言で歩き続けていると、ふとシヴァは足を止めた。そこは路地を抜けた階段の所で、ここを登ればもう馬車は目の前にあるところだ。階段の下には噴水広場を中心とした街並みが並んでおり、それを綺麗なオレンジ色が包み込んでいる光景はとても綺麗だった。

「リリー、話がある」

「うん、どうしたの?」

 ただの階段であるこの場所に、他に人はいない。手を繋いだまま振り返って私を見るシヴァを、私も真っすぐ見つめ返した。黒い手袋越しのシヴァの手に力がこもる。少しまだ悩んでいるようだが、彼は思い切ったように口を開いた。



「……明日からしばらく、リリーとは会えない」



「……え?」

 その言葉は、完全に私の予想外だった。
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