女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します
第八十四話 シヴァとの別れ
時は少し遡り、リリアンナとイザベラ、アレクサンドが話し合い調査をすることが決まった後のこと。女性陣二人は王妃教育の続きがあると部屋を出て行った。シヴァもそれについて行き、二人が学んでいる部屋の外の廊下で授業が終わるのを静かに待っていた。
相変わらず王宮に行くときは女装をしており、今の彼は完全にモンリーズ家のメイドにしか見えない。中性的な顔立ちに白い肌と、長いまつ毛に彩られた空色の瞳。艶やかな黒髪に混じるシルバーグレイの髪を編み込み、お団子にしてくくっている。手足は細く長くすらりとしており、モンリーズ家特有の薔薇色のリボンがよく似合っている。
毎週のようにリリアンナと共に王宮を尋ねてくる彼は、その美貌から従者や護衛の間で密かに人気になっていた。無口無表情で愛想が無いように見えるが、仕事は早いし見かければ周囲のミスもすぐに補助してくれる。その美貌と優秀さから、リリアンナが嫁いできた暁には彼女にもぜひ王宮に来て欲しいと思う者は多かった。
「……あの、モンリーズ家からいらした方ですよね?」
業務の合間、廊下を通りがかった文官の男がシヴァに声を掛けた。シヴァはちらりと視線を彼に向ける。
「はい。そうですが」
本来は声変わりしているが、ルネと練習して女声も出せるようになっていた彼の女装は全く違和感がない。シヴァに見つめられて顔を赤らめた男は、少し慌てながらも言葉を続けた。
「えっと、僕はよくここを通っていて貴女とすれ違っているんですよ」
恥ずかしくて目を合わせられないのか、男は俯いてしまう。そのせいで、シヴァの視線が男の後ろを見ていることに気付かなかった。
「それで、もし良かったら……」
「仕事の合間にナンパかい? 余裕があるようだね」
男はその声に慌てて振り向いた。そこにはこの国の第一王子であるアレクサンド・リヒハイムが立っている。腕組みをしたアレクサンドは呆れたようにため息をつく。それだけで男は顔を青ざめさせ、深く礼をして慌ててその場を去っていった。
「やあ、シルヴィア……で良かったよね?」
「はい、殿下」
さすがにこう毎日リリアンナと共に顔を合わせているのだ。もうすっかり覚えてしまっているのだろう。しかし、シヴァがアレクサンドと二人きりで話をするのは始めてだった。深く礼をしたまま、シヴァは全く顔を上げない。
「お嬢様でしたら、イザベラ嬢と共に勉学に励んでおられますが」
「いや、君に話があるんだよ」
「……なんでしょう?」
突然、主人であるリリアンナを介さずに話を振ってきているのだ。さすがに警戒する。それを察したのか、アレクサンドはシヴァに顔を上げるよう促した。ちらりと視線を向け、周囲に他に人がいないことを確認する。
「旧ソプレス王国出身だと、リリアンナ嬢から聞いていてね。そんな君に頼みがある」
「はい。確かに私の出身はソプレスですが……」
「今、リリアンナ嬢と共に旧ソプレス王国崩壊の際の不正を洗っていることは知っているよね? 旧ソプレス王国に残された、その証拠や証言が欲しい。そのための調査や人探しを、君に頼みたい」
その言葉に、シヴァは目を見開いた。わざわざアレクサンドからそんな頼みごとをされるとは思わなかったからだ。確かに、シヴァならばそれができるし、伝手もある。しかし、アレクサンドがそれを把握していることは彼にとって死活問題だった。自身の正体を、決して他人に知られてはならない。そのために身分も立場も名前も捨てて、女装をしてまでリリアンナの傍にいるのだから。
「お嬢様のためなら、手伝いたいのはやまやまですが……ただの一市民に過ぎない私が、そんなことができるでしょうか?」
「できるだろう? 君なら」
アレクサンドの返事に、彼は自分の正体を確信しているのだろうとシヴァは気付く。それならば、無理に反論するよりも従う方が得策だ。そう覚悟を決めると、シヴァの頭の中には既に何をすべきか、どう動くべきかの計画が立ち上がっていた。
受けはする。しかし、アレクサンドに釘は差さねばならない。1つため息をつくと、シヴァはアレクサンドを真正面から睨みつけた。
「……見返りは?」
危険なことをするのだ。下手をすれば、自分の正体がバレてしまいかねない。そんなリスクを負ってまで、アレクサンドの命に従う理由はシヴァには無いのだ。
シヴァの言葉に、アレクサンドは嬉しそうに微笑んだ。この優秀な王子様には、この答えは想定通りだったのだろうか。
「私からの紹介状を。何かあれば、それが君の助けになるはずだ」
それは満足のいく答えだった。シヴァは口角を少し上げると、一歩下がってアレクサンドに深く礼をした。スカートの裾をつまんで行うカーテシーは、その辺の貴族令嬢よりも可憐で美しい。
「では、そのように」
***
「なんで?」
『……明日からしばらく、リリーとは会えない』
その言葉に、私は完全に動揺していた。
この世界に来てからというもの、シヴァと会わない日は無かった。毎日顔を合わせたし、日に一度は一緒に食事を摂ったし、何かしらの雑談もした。学園に通ってからも、王妃教育で王城に通うようになっても、ずっとずっとシヴァは私の傍にいたのだ。その彼がいなくなるなんて、そう簡単に納得できるものではない。
「旧ソプレス王国関連の不正を、暴いているところだろ? オレはその力になれる。そのために、調査に行くだけだ」
それはそうかもしれない。シヴァはソプレス王国出身だ。でも……それでも、わざわざシヴァが行く必要があるのだろうか?
「他に人はいないの? ソプレス王国出身者なんて、探せば他にもいるじゃない」
ただの我がままなのは分かっていた。それでも、反論したくてたまらない。納得するまでは、私は彼の手を離すつもりなんてない。
「ヴォルフガングを呼んでくるんだ。あいつは、あの場所を守ることに命をかけている。旧友のオレじゃなきゃ、あそこから動いちゃくれないだろう」
あの大男を思い出す。彼はシヴァと仲が良かった。確かに、責任感の強そうな彼のことだ。余程の説得材料が無ければ、人を送っても無駄になってしまう。
頭では納得しそうになるが、気持ちはついて行かない。涙目になる私を、シヴァはぎゅっと抱きしめてくれた。温かな体温と、シヴァの匂い。腕に力を込めて私を抱きしめる力が心地よかった。
「大丈夫だ。早めに帰ってくる。ヴォルフガングがいて、証拠があれば不正はきっと暴かれる。そうして名誉を取り戻して、正式に王城からの謝罪と賠償金が入れば、あの地域での反抗や反乱の防止になる。そしたら……」
耳元で説明される言葉は、何かの確信があるかのようにしっかりしていた。彼は一度私から体を離すと、まっすぐに私を見つめてくれる。変装魔法により赤に変えられた瞳が、一瞬いつもの空色に輝いたような気がした。
「リリーはアレクサンド殿下と婚約解消して、オレと一緒に居られる……だよな?」
それはそうだった。私はずっと、そのために行動していたんだから。アレクサンドと婚約解消して、シヴァと一緒にモンリーズ家で暮らすのだ。公爵令嬢と使用人。身分差から結ばれることは無くても、傍に居続けることはできる。
「オレにも手伝わせてくれよ。リリー」
「うん……分かった」
ここまで言われてしまっては、もう首を縦に振らないわけにはいかなかった。
相変わらず王宮に行くときは女装をしており、今の彼は完全にモンリーズ家のメイドにしか見えない。中性的な顔立ちに白い肌と、長いまつ毛に彩られた空色の瞳。艶やかな黒髪に混じるシルバーグレイの髪を編み込み、お団子にしてくくっている。手足は細く長くすらりとしており、モンリーズ家特有の薔薇色のリボンがよく似合っている。
毎週のようにリリアンナと共に王宮を尋ねてくる彼は、その美貌から従者や護衛の間で密かに人気になっていた。無口無表情で愛想が無いように見えるが、仕事は早いし見かければ周囲のミスもすぐに補助してくれる。その美貌と優秀さから、リリアンナが嫁いできた暁には彼女にもぜひ王宮に来て欲しいと思う者は多かった。
「……あの、モンリーズ家からいらした方ですよね?」
業務の合間、廊下を通りがかった文官の男がシヴァに声を掛けた。シヴァはちらりと視線を彼に向ける。
「はい。そうですが」
本来は声変わりしているが、ルネと練習して女声も出せるようになっていた彼の女装は全く違和感がない。シヴァに見つめられて顔を赤らめた男は、少し慌てながらも言葉を続けた。
「えっと、僕はよくここを通っていて貴女とすれ違っているんですよ」
恥ずかしくて目を合わせられないのか、男は俯いてしまう。そのせいで、シヴァの視線が男の後ろを見ていることに気付かなかった。
「それで、もし良かったら……」
「仕事の合間にナンパかい? 余裕があるようだね」
男はその声に慌てて振り向いた。そこにはこの国の第一王子であるアレクサンド・リヒハイムが立っている。腕組みをしたアレクサンドは呆れたようにため息をつく。それだけで男は顔を青ざめさせ、深く礼をして慌ててその場を去っていった。
「やあ、シルヴィア……で良かったよね?」
「はい、殿下」
さすがにこう毎日リリアンナと共に顔を合わせているのだ。もうすっかり覚えてしまっているのだろう。しかし、シヴァがアレクサンドと二人きりで話をするのは始めてだった。深く礼をしたまま、シヴァは全く顔を上げない。
「お嬢様でしたら、イザベラ嬢と共に勉学に励んでおられますが」
「いや、君に話があるんだよ」
「……なんでしょう?」
突然、主人であるリリアンナを介さずに話を振ってきているのだ。さすがに警戒する。それを察したのか、アレクサンドはシヴァに顔を上げるよう促した。ちらりと視線を向け、周囲に他に人がいないことを確認する。
「旧ソプレス王国出身だと、リリアンナ嬢から聞いていてね。そんな君に頼みがある」
「はい。確かに私の出身はソプレスですが……」
「今、リリアンナ嬢と共に旧ソプレス王国崩壊の際の不正を洗っていることは知っているよね? 旧ソプレス王国に残された、その証拠や証言が欲しい。そのための調査や人探しを、君に頼みたい」
その言葉に、シヴァは目を見開いた。わざわざアレクサンドからそんな頼みごとをされるとは思わなかったからだ。確かに、シヴァならばそれができるし、伝手もある。しかし、アレクサンドがそれを把握していることは彼にとって死活問題だった。自身の正体を、決して他人に知られてはならない。そのために身分も立場も名前も捨てて、女装をしてまでリリアンナの傍にいるのだから。
「お嬢様のためなら、手伝いたいのはやまやまですが……ただの一市民に過ぎない私が、そんなことができるでしょうか?」
「できるだろう? 君なら」
アレクサンドの返事に、彼は自分の正体を確信しているのだろうとシヴァは気付く。それならば、無理に反論するよりも従う方が得策だ。そう覚悟を決めると、シヴァの頭の中には既に何をすべきか、どう動くべきかの計画が立ち上がっていた。
受けはする。しかし、アレクサンドに釘は差さねばならない。1つため息をつくと、シヴァはアレクサンドを真正面から睨みつけた。
「……見返りは?」
危険なことをするのだ。下手をすれば、自分の正体がバレてしまいかねない。そんなリスクを負ってまで、アレクサンドの命に従う理由はシヴァには無いのだ。
シヴァの言葉に、アレクサンドは嬉しそうに微笑んだ。この優秀な王子様には、この答えは想定通りだったのだろうか。
「私からの紹介状を。何かあれば、それが君の助けになるはずだ」
それは満足のいく答えだった。シヴァは口角を少し上げると、一歩下がってアレクサンドに深く礼をした。スカートの裾をつまんで行うカーテシーは、その辺の貴族令嬢よりも可憐で美しい。
「では、そのように」
***
「なんで?」
『……明日からしばらく、リリーとは会えない』
その言葉に、私は完全に動揺していた。
この世界に来てからというもの、シヴァと会わない日は無かった。毎日顔を合わせたし、日に一度は一緒に食事を摂ったし、何かしらの雑談もした。学園に通ってからも、王妃教育で王城に通うようになっても、ずっとずっとシヴァは私の傍にいたのだ。その彼がいなくなるなんて、そう簡単に納得できるものではない。
「旧ソプレス王国関連の不正を、暴いているところだろ? オレはその力になれる。そのために、調査に行くだけだ」
それはそうかもしれない。シヴァはソプレス王国出身だ。でも……それでも、わざわざシヴァが行く必要があるのだろうか?
「他に人はいないの? ソプレス王国出身者なんて、探せば他にもいるじゃない」
ただの我がままなのは分かっていた。それでも、反論したくてたまらない。納得するまでは、私は彼の手を離すつもりなんてない。
「ヴォルフガングを呼んでくるんだ。あいつは、あの場所を守ることに命をかけている。旧友のオレじゃなきゃ、あそこから動いちゃくれないだろう」
あの大男を思い出す。彼はシヴァと仲が良かった。確かに、責任感の強そうな彼のことだ。余程の説得材料が無ければ、人を送っても無駄になってしまう。
頭では納得しそうになるが、気持ちはついて行かない。涙目になる私を、シヴァはぎゅっと抱きしめてくれた。温かな体温と、シヴァの匂い。腕に力を込めて私を抱きしめる力が心地よかった。
「大丈夫だ。早めに帰ってくる。ヴォルフガングがいて、証拠があれば不正はきっと暴かれる。そうして名誉を取り戻して、正式に王城からの謝罪と賠償金が入れば、あの地域での反抗や反乱の防止になる。そしたら……」
耳元で説明される言葉は、何かの確信があるかのようにしっかりしていた。彼は一度私から体を離すと、まっすぐに私を見つめてくれる。変装魔法により赤に変えられた瞳が、一瞬いつもの空色に輝いたような気がした。
「リリーはアレクサンド殿下と婚約解消して、オレと一緒に居られる……だよな?」
それはそうだった。私はずっと、そのために行動していたんだから。アレクサンドと婚約解消して、シヴァと一緒にモンリーズ家で暮らすのだ。公爵令嬢と使用人。身分差から結ばれることは無くても、傍に居続けることはできる。
「オレにも手伝わせてくれよ。リリー」
「うん……分かった」
ここまで言われてしまっては、もう首を縦に振らないわけにはいかなかった。