女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第八十五話 シヴァのいない日々

 翌朝。いつも私が乗っている、学園へ行く馬車とは別の馬車がモンリーズ家の前に留まっていた。
 その馬車は公爵家のものとしては珍しく、装飾を抑えた地味な造りになっていた。その前に立ち、最後の荷物確認をしているシヴァは、正体を知られないよう質素な女物のドレスに身を包んでいる。公爵家の人間が着るにはあまりに地味だが、かえってそれが変装のリアリティを増していた。行った先でも、この女装は続けるようだ。

「シヴァ、いってらっしゃい」

「往復と調査を含めて、3週間……遅くとも一ヶ月もあれば帰って来られるよ」

 彼の見送りのために、お父様もルネもバルバラも来ていた。他の使用人も、来れる者はみんなこの場に来ている。モンリーズ家の広大な玄関前には、普段の静けさとは打って変わり、シヴァを見送る人々が一つの塊となって集まっていた。使用人たちは皆、不安と激励の入り混じった表情でシヴァを見つめている。

「気を付けて行ってきなさい。念のため護衛も付けるから、好きなように使ってくれて良い」

 お父様はそう言いながら、シヴァと力強く握手を交わした。そのすぐ後ろから、ルネが心配そうに顔を出す。

「体調には気を付けて。何かあれば魔法も剣も爆薬も、好きなだけ使って逃げなさい。武器は荷物にも、馬車の椅子の下と御者台と床に仕舞ってありますから。後始末は公爵様がしてくれますから、どーんとやって大丈夫だそうです」

 その発言はなんとも物騒だ。しかし、シヴァの身を本気で案じての言葉だと分かり、苦笑いしてしまう。シヴァも同じなのか、苦笑していた。
 同じ使用人仲間も、我が子のように昔からシヴァを見守ってきてくれた人ばっかりだ。彼らはいそいそと道中食べる保存食やおやつを差し入れてくれていた。それに対しシヴァが礼を言うと、泣き出してしまう人もいる。シヴァがどれだけこの家で仲良く生活できていたのかが、改めて分かった。

 最後に私に番が回ってくる。私はシヴァの前に立つと、ぎゅっと彼を抱きしめた。普段は人前でこんなことはしないが、今日だけは許されるだろうか。立場も人目もあるからか、シヴァが抱きしめ返してくれることは無かった。そういうところは本当にしっかりしている。

「シヴァ、いってらっしゃい。気を付けてね。……早く帰って来てくれると、嬉しいな」

「最短で帰りますよ」

 体を離して私が微笑むと、シヴァは嬉しそうに微笑んでくれた。御者に促され、馬車に乗り込む。

「いってきます」

 その言葉を最後に、馬車のドアが閉められた。御者が定位置に着くと、礼をして馬車を走らせる。まだ人通りのない静かな道を進んでいく馬車の後ろ姿を、私達は最後まで見守った。





 ***





 シヴァのいない日々は、当たり前のように過ぎていった。周囲の人々は当たり前のように過ごしているが、私の胸にはぽっかりと穴が開いたように、どこか物足りない寂しさがある。
 朝はつい、一緒に馬車に乗ろうとシヴァの姿を探してしまう。授業の合間の休憩時間も、昼食前後も、ついシヴァが現れるのを待ってしまった。ヤコブやイザベラに何度注意されたか分からない。二人はボーっとしている私を気にかけて、何度も声を掛けてくれていた。アレクサンドは少し申し訳なさそうにしているし、レオナルドはあまり状況が分からないようだったがシヴァの不在を伝えると納得していた。メロディやロミーナ、マルグリータも心配したように話しかけてくれる。ステファンとセドリックは元々そこまで交流が多くなかったため、特別何も言わないが何かあれば話しかけてくれていた。
 本当に、私の生活には当たり前にシヴァがいたし、彼以外の周囲の人間もみんなこんなに優しかったんだと実感する。その優しさに甘えてばかりいられないと、私はなんとか平静を装った。

「シヴァ、元気にしてるかな?」

 ふと思い出すと、私はいつもこっそり服の下に付けているネックレスを取り出し、眺めていた。シルバーのチェーンに金の装飾があしらわれたターコイズのネックレスは、シヴァから贈られたものだ。私の好みも考えて、これを贈ってくれたあの日のことは今でも手に取るように思い出せる。
 それと同時に手紙も書いた。手紙と言うよりも、日記に近いかもしれない。今日はこんなことをした、あんなことがあった。帰ってきたシヴァに話せるネタを、いっぱいいっぱい貯めておくのだ。

 そうして一週間が過ぎた頃、中間試験の日がやって来た。試験に追われながらも、シヴァのことは忘れない。

 もう一週間が過ぎると、中間試験が終わった。
 成績発表では昨年と主な順位は変わらない。メロディはというと総合では30番台。魔法と筆記試験はまあまあ良くて、淑女クラスで一気に成績が下がる。しかし、最下位ではなかったのは努力の賜物だろう。イザベラもメロディも満足気だった。

「シヴァがいないのにちゃんとキープしてるのね。すごいじゃない」

「イザベラ……」

 ひとしきりメロディを褒めた後、イザベラはニコニコと私の方にやって来た。労うように軽く背中を擦ってくれる。

「成績落としたら、たぶん一番揶揄うのがシヴァだもん……」

「へー、二人の時はそうなんだ?」

 にこにこがニヤニヤに変わる。こういう他人の恋愛ごとを見るのが好きな人なのだから困る。でも今は、それに構っている暇はなかった。

「シヴァ、今頃何してるのかなぁ」
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