女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します
第八十六話 旧友への頼み
一週間前。
旧ソプレス王国に到着していたシヴァは、さっそくヴォルフガングの下へ向かっていた。旧ソプレス王国の元騎士団長だったというヴォルフガングは、国が滅んだ今も地域の人々の助けになるために、国の中央。首都の屋敷で暮らしている。見た目は荒れ果てた屋敷にしか見えないが、その実内装はある程度整っていたりするのだ。そんな屋敷には日中様々な人が訪れる。
そんな屋敷にシヴァが到着したのは、夕方頃だった。馬車は石畳に雑草が生い茂る広い庭園の奥、門の蝶番が錆びつき傾いだ屋敷の前に止まった。屋敷は大きいが長年の手入れ不足で外壁はすすけており、一部は蔦が這っている。全体が薄暗い影に覆われ、夕方の光の中では寂れた雰囲気が強調されていた。
「えっと……本当にここですか? ミュレーズ嬢」
現在のシヴァはルネの親戚ということになっている。彼女の名字を借り、シルヴィア・ミュレーズというのが今の彼の名前だ。元々モンリーズ家で雇われていた護衛は、シヴァ達の詳しい事情は知らず、なんなら執事姿のシルヴィオと女装姿のシルヴィアを別人と思っている者もいる。そのため、完全にシヴァを女性と思っていた護衛は馬車の扉を開けると、屋敷の荒れ果てた様子を見て不安そうに尋ねた。
「ここで合っています。屋敷の主人には私が直接話しますので大丈夫です」
馬車から降りたシヴァは何事もなく地面に降り立つと、一人でスタスタと玄関扉の前まで向かった。護衛は荷下ろしをしながら不思議そうにシヴァを見ている。
シヴァは扉をノックをしてみるが、返事はない。耳を澄ますが、中に人がいる気配は感じた。再びノックしても、返事はなかった。ため息をつくと、シヴァはドアを開けてずかずかと中に入っていく。そんな彼? 彼女? の突飛な行動に、見守っていた護衛は驚いて呆然とその後ろ姿を見送った。
「おい! ヴォルフガング!」
屋敷の奥。明かりが点いている場所に向かって歩いていくと、大きな影がもぞもぞと動く。窓を掃除していたヴォルフガングは近くまで来たシヴァに気付くと振り返った。
「おお! 来たか坊主」
「ノックしたら来い! お前はどうして無駄に声がでかいのに耳が遠いんだ」
「いやー、音は聞こえていて、お前なのも分かっていたんだがなぁ。まあ、勝手に入るだろうなと」
豪快に笑いながら、彼はシヴァへ近づいた。二メートルを超える身長の熊のような大男が近づいてくる様子は、普通の令嬢ならば顔を青ざめさせてもおかしくはない。しかし、彼に慣れているシヴァは踵を返しながら、玄関ホールに来るように手で合図した。
「今日はオレと護衛だけだ。泊めてもらえるか?」
「おお! 当り前よ!」
玄関ホールに到着したヴォルフガングを見て、護衛達は再び呆然としていた。華麗な令嬢と熊のような大男の組み合わせは異質だ。
「ミュレーズ嬢……?」
「今日から滞在中ここに泊まります。私の両親の旧友で、屋敷の主人のヴォルフガングです」
「まあ、よろしく頼みます! 部屋なら空いてますんで」
大きな声で笑いながらヴォルフガングは護衛が持ち込んだ荷物を一人でひょいと抱え上げた。その様子に彼がいる際中、自分達のような護衛は本当に必要だったのだろうかと首を傾げるしかなかった。
夕食を食べ終え、護衛達を返した後。食堂でシヴァとヴォルフガングは話し合いをしていた。
今回シヴァが一人で来たのは、ソプレス王国の滅びの原因。それがディトリヒとアルベリヒの二人のせいかもしれないこと。その証拠集めと、証人としてヴォルフガングにリヒハイム王国の王城まで来て欲しい旨を伝えた。かつてソプレス王国の騎士団長をしていたヴォルフガングだ。元宰相だったアルベリヒのことは当然知っていた。
「そういえば、ゴタゴタしていたがアルベリヒ宰相の姿は見ていない気がするな。それに、思えばアルベリヒ宰相の伝手で王城に人がくる話は聞いていた」
「その話、証言してもらえないか? それと、それを裏付ける証拠も欲しい」
「お前さんがそう言うなら」
シヴァの言葉を否定せず、うんうんと聞いてくれる。この男は相変わらず、見た目に似合わず温かかった。そこで、シヴァは今までリリアンナにすら話していなかった話を始めた。用意された温かな紅茶の注がれたカップを、彼はぎゅっと握り締める。
「……ディトリヒの方なんだが、見覚えがある」
俯きながら話すシヴァに、何か空気の変化を感じたのかヴォルフガングは口を閉ざした。
「昔のことはあまり覚えていないが、あの光景だけははっきり覚えている。……目の前で、父上が斬り殺された時のことは」
過去。シヴァがまだ幼く、両親と別れることになった時。父が殺される姿を、彼ははっきり見ていた。そんな彼を抱えて逃げてくれたのが、親代わりに自分を育てようとした男だ。あの男は両親への復讐に燃え、それにシヴァを巻き込もうとしてどんどんおかしくなっていった。すっかり狂ってしまった男に翻弄される生活から救ってくれたのが、リリアンナの父であるアードリアン・モンリーズだ。
そんな彼の人生が大きく変わることになったあの事件。そのタイミングの時に、父を殺した人間の中にディトリヒがいたのを彼は見ていた。
「他の兵は甲冑を着ていたから、顔は分からない。……だが、あのディトリヒと言う男が中心で奴らを先導していたのは覚えているんだ」
そこまで語ると、シヴァは顔を上げてヴォルフガングを見つめた。
「オレは素性をバレるわけにはいかないから、裁判には立てない。だから、ヴォルフガング」
真剣にヴォルフガングを見つめる空色の瞳が、はっきりとした熱を帯びているのが分かる。
「父上の敵を討つためにも……奴らを裁こうとするアレクサンド殿下を手助けしてくれ。オレの代わりに裁判で証言して、あいつらの罪を衆目に晒してくれ!」
シヴァのその言葉を受けて、ヴォルフガングはにかっと笑った。シヴァの顔よりも大きな手を広げて、勢いよく彼の背中を叩く。気合いを入れるつもりだったんだろうが、あまりに勢いが強すぎて、シヴァは背中の痛みに小さく呻いた。
「当然だ! ワシに任せておけ」
彼のその言葉に、シヴァは安心したように微笑んだ。
旧ソプレス王国に到着していたシヴァは、さっそくヴォルフガングの下へ向かっていた。旧ソプレス王国の元騎士団長だったというヴォルフガングは、国が滅んだ今も地域の人々の助けになるために、国の中央。首都の屋敷で暮らしている。見た目は荒れ果てた屋敷にしか見えないが、その実内装はある程度整っていたりするのだ。そんな屋敷には日中様々な人が訪れる。
そんな屋敷にシヴァが到着したのは、夕方頃だった。馬車は石畳に雑草が生い茂る広い庭園の奥、門の蝶番が錆びつき傾いだ屋敷の前に止まった。屋敷は大きいが長年の手入れ不足で外壁はすすけており、一部は蔦が這っている。全体が薄暗い影に覆われ、夕方の光の中では寂れた雰囲気が強調されていた。
「えっと……本当にここですか? ミュレーズ嬢」
現在のシヴァはルネの親戚ということになっている。彼女の名字を借り、シルヴィア・ミュレーズというのが今の彼の名前だ。元々モンリーズ家で雇われていた護衛は、シヴァ達の詳しい事情は知らず、なんなら執事姿のシルヴィオと女装姿のシルヴィアを別人と思っている者もいる。そのため、完全にシヴァを女性と思っていた護衛は馬車の扉を開けると、屋敷の荒れ果てた様子を見て不安そうに尋ねた。
「ここで合っています。屋敷の主人には私が直接話しますので大丈夫です」
馬車から降りたシヴァは何事もなく地面に降り立つと、一人でスタスタと玄関扉の前まで向かった。護衛は荷下ろしをしながら不思議そうにシヴァを見ている。
シヴァは扉をノックをしてみるが、返事はない。耳を澄ますが、中に人がいる気配は感じた。再びノックしても、返事はなかった。ため息をつくと、シヴァはドアを開けてずかずかと中に入っていく。そんな彼? 彼女? の突飛な行動に、見守っていた護衛は驚いて呆然とその後ろ姿を見送った。
「おい! ヴォルフガング!」
屋敷の奥。明かりが点いている場所に向かって歩いていくと、大きな影がもぞもぞと動く。窓を掃除していたヴォルフガングは近くまで来たシヴァに気付くと振り返った。
「おお! 来たか坊主」
「ノックしたら来い! お前はどうして無駄に声がでかいのに耳が遠いんだ」
「いやー、音は聞こえていて、お前なのも分かっていたんだがなぁ。まあ、勝手に入るだろうなと」
豪快に笑いながら、彼はシヴァへ近づいた。二メートルを超える身長の熊のような大男が近づいてくる様子は、普通の令嬢ならば顔を青ざめさせてもおかしくはない。しかし、彼に慣れているシヴァは踵を返しながら、玄関ホールに来るように手で合図した。
「今日はオレと護衛だけだ。泊めてもらえるか?」
「おお! 当り前よ!」
玄関ホールに到着したヴォルフガングを見て、護衛達は再び呆然としていた。華麗な令嬢と熊のような大男の組み合わせは異質だ。
「ミュレーズ嬢……?」
「今日から滞在中ここに泊まります。私の両親の旧友で、屋敷の主人のヴォルフガングです」
「まあ、よろしく頼みます! 部屋なら空いてますんで」
大きな声で笑いながらヴォルフガングは護衛が持ち込んだ荷物を一人でひょいと抱え上げた。その様子に彼がいる際中、自分達のような護衛は本当に必要だったのだろうかと首を傾げるしかなかった。
夕食を食べ終え、護衛達を返した後。食堂でシヴァとヴォルフガングは話し合いをしていた。
今回シヴァが一人で来たのは、ソプレス王国の滅びの原因。それがディトリヒとアルベリヒの二人のせいかもしれないこと。その証拠集めと、証人としてヴォルフガングにリヒハイム王国の王城まで来て欲しい旨を伝えた。かつてソプレス王国の騎士団長をしていたヴォルフガングだ。元宰相だったアルベリヒのことは当然知っていた。
「そういえば、ゴタゴタしていたがアルベリヒ宰相の姿は見ていない気がするな。それに、思えばアルベリヒ宰相の伝手で王城に人がくる話は聞いていた」
「その話、証言してもらえないか? それと、それを裏付ける証拠も欲しい」
「お前さんがそう言うなら」
シヴァの言葉を否定せず、うんうんと聞いてくれる。この男は相変わらず、見た目に似合わず温かかった。そこで、シヴァは今までリリアンナにすら話していなかった話を始めた。用意された温かな紅茶の注がれたカップを、彼はぎゅっと握り締める。
「……ディトリヒの方なんだが、見覚えがある」
俯きながら話すシヴァに、何か空気の変化を感じたのかヴォルフガングは口を閉ざした。
「昔のことはあまり覚えていないが、あの光景だけははっきり覚えている。……目の前で、父上が斬り殺された時のことは」
過去。シヴァがまだ幼く、両親と別れることになった時。父が殺される姿を、彼ははっきり見ていた。そんな彼を抱えて逃げてくれたのが、親代わりに自分を育てようとした男だ。あの男は両親への復讐に燃え、それにシヴァを巻き込もうとしてどんどんおかしくなっていった。すっかり狂ってしまった男に翻弄される生活から救ってくれたのが、リリアンナの父であるアードリアン・モンリーズだ。
そんな彼の人生が大きく変わることになったあの事件。そのタイミングの時に、父を殺した人間の中にディトリヒがいたのを彼は見ていた。
「他の兵は甲冑を着ていたから、顔は分からない。……だが、あのディトリヒと言う男が中心で奴らを先導していたのは覚えているんだ」
そこまで語ると、シヴァは顔を上げてヴォルフガングを見つめた。
「オレは素性をバレるわけにはいかないから、裁判には立てない。だから、ヴォルフガング」
真剣にヴォルフガングを見つめる空色の瞳が、はっきりとした熱を帯びているのが分かる。
「父上の敵を討つためにも……奴らを裁こうとするアレクサンド殿下を手助けしてくれ。オレの代わりに裁判で証言して、あいつらの罪を衆目に晒してくれ!」
シヴァのその言葉を受けて、ヴォルフガングはにかっと笑った。シヴァの顔よりも大きな手を広げて、勢いよく彼の背中を叩く。気合いを入れるつもりだったんだろうが、あまりに勢いが強すぎて、シヴァは背中の痛みに小さく呻いた。
「当然だ! ワシに任せておけ」
彼のその言葉に、シヴァは安心したように微笑んだ。