女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します

第八十八話 希望する未来

 アレクサンドと話し合い後、私はモンリーズ家に帰っていた。道中、脳裏に過ぎるのはアレクサンドと話していたことだ。

「一人身になった後、どうするか、か……」

 あれから考えていたのは、モンリーズ家の後継者になることだ。お父様の後を継ぎ、モンリーズ家の後継者として公爵家を運用する。この国ではごく稀にだが、女性も貴族の家の後継者になり、当主になることができていたはずだ。
 しかし、問題は今までずっと私が次期王妃として王城で学んでおり、後継者の教育など一つも受けていないこと。それに、お父様のことだ。もうすでに私が家を出た後の後継者を決めているかもしれない。それを今更覆していいのか、覆せるものなのか……
 一通り考え、私は再びため息をつく。

「お父様に話してみるしか無いよなぁ……」

 結局はそれになる。あの優しいお父様も、後継者のことなどを話すと私の我儘だと怒ったりするだろうか。今までにない事態で、お父様がどんな反応をするか分からず怖い。シヴァとの関係を話した時よりも、現実味を帯びた話になっている分もっともっと恐怖は増している。
 ただ、ここで立ち止まった所でどうしようもないのだ。私はぐっと拳を握り締めて、お父様と話し合うことを決めた。



 夕食後。執務室で今日最後の仕事を行っているお父様の下に、私は向かった。執務室のドアをノックすると、低くて優しい声が響く。

「どうぞ」

「あの、お父様……」

 ドアを開けて入ってきたのが私だと気付き、お父様はペンを置いて手を止めた。執務室はモンリーズ公爵家にふさわしい、堅固で威厳のある造りになっていた。壁一面を覆う黒檀の本棚には法典や歴史書が背表紙を揃えて整然と並び、その重厚さが公爵家の歴史と権威を物語っていた。中央には磨き上げられた巨大なマホガニー製のデスクが鎮座しており、その上には燭台と羊皮紙、羽ペンが整然と置かれている。
 デスクから少し離れた窓辺の近くには、応接スペースとして濃い紫色のベルベット張りのソファが二脚と、それと対になる一人掛けの椅子が配置されていた。その間には小さな円形のサイドテーブルが置かれており、普段はそこに冷めたティーセットや書類が仮置きされるのだろう。暖炉にはまだ熾火が残っており、部屋全体に落ち着いた木の香りと微かな温もりが漂っていた。

「リリー、どうしたんだい?」

 ドア付近でウロウロしている私が気になったのか、お父様は立ち上がりこちらに向かってくる。私の手を取るとそっとソファに座らせてくれた。隣同士で座っており、こんなに距離が近いのも久しぶりだ。学園に通うようになってからというもの、お父様は私を一人のレディとして扱ってくる。大人として認められたような、壁が作られてしまったようなこの距離感が、なんだかもどかしい。一度深呼吸をして、私は本題を口にした。

「あの、お父様……」

「うん」

 私の手を取り、こちらを見る目はどこまでも優しい。



「私をこの家の後継者にして欲しいんです」



 一息にその言葉を口にすると、私は現状を説明した。アレクサンドも他に好きな人ができたこと。協力して婚約解消のため、旧ソプレス王国の情勢の安定に努めていること。元々、戦争を目論んだ敵国という扱いをされているが、それが策略で嘘だったであろうこと。それを突き止め、学園祭後には大掛かりな裁判が開かれること。そこで勝訴さえすれば、アレクサンドが旧ソプレス王国の名誉を取り戻し、大掛かりな復興支援に移れること。もしかしたら、旧ソプレス王国がそのままモンリーズ家の管理下に置かれるだろうこと。そうすれば、自分と婚約する意義が無くなるので、婚約解消が可能だろうこと。そうしたら元々の計画通り、結婚までは無理でもシヴァと一緒にこの家で暮らしたいこと。そのためには、自分がこの家の後継者になるしかないと覚悟を決めたこと。
 あまりに情報量が多いし、説明はしどろもどろになったり、分かりにくいことがあったかもしれない。それでもお父様はうんうんと頷き、私の話をずっと聞いてくれた。

「……一人身になった時、私はもう誰とも婚約せずにこの家に居たいんです。このまま、お父様と、シヴァと、ルネと、バルバラと……みんなと一緒が良いんです」

 お父様の表情は穏やかなままで、何を考えているか分からない。

「今からじゃ遅いかもしれないけど、お父様。どうか私を後継者と認めて、モンリーズ家を継ぐ教育をしてくれませんか?」

 お父様はそこまで私の話を聞くと、大きくため息をついた。どんな返事をするか分からず、そんな動き一つとってもびっくりして体がはねてしまう。

「リリアンナ」

「はい」

 一度逸らした視線を私に戻し、お父様はいつになく真剣な表情で私を見つめた。その真剣さに、私も改めて姿勢を正す。

「まず、殿下とそこまで話を進められたことは素晴らしい。それはしっかり褒めておくよ。以前から言っていた目標を達成するために、君がした努力は認めよう」

「はい」

「ただ、こちらも馬鹿ではない。君は気付いていなかったようだが、ちゃんと動向は把握していた。特に裁判の件で動くようになってからは密かに護衛を増やしていたんだ。シヴァがいない分、今はもっと増えている」

 そんなこと、言われなければ全く気付かなかった。私が驚いていると、お父様は気にせず言葉を続ける。

「それと、後継者のことだが……リリアンナが家を出た後、この家を継ぐ後継者はもう決めてあるんだ」

 それは、薄々予想していたが衝撃的な言葉だった。お父様がそう決めていたのなら、きっと後継者教育も進んでいたはずだ。私は拳を握り締めて俯いた。
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