女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します
第八十九話 後継者になりたい
「後継者が、もう決まっている……」
薄々予想していたことだが、見事に的中してしまい私は焦るしかなかった。後継者って、私が知らない間に遠縁の親戚の中から選んだりしたのだろうか。後継者じゃなくても、この家に居続けられる方法は何かないかと私は必死に頭を巡らせた。そんな私の混乱に気付いたのか、お父様はそっと私の肩に手を乗せる。
「その後継者だが、リリーが後継者を名乗り出るなら辞めさせるよ」
「え⁉」
「彼もリリーが後を継ぐならと喜んで退いでくれるだろう」
そんな簡単な話なのだろうか。そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。お父様はそっと私の頭に手を乗せる。
「だから、リリーは気にしなくて良い」
「お父様、そんなわけにはいかないでしょう? その後継者って、誰なの?」
そう質問するも、お父様は困ったように顎髭を片手で撫でつけた。視線を逸らして、何かを深く考え込む。
「う~ん……内緒、かな」
完全に口を割らないつもりだ。何年も一緒に暮らしているので、この表情はそうであるとすぐに読み取れる。
「だって、モンリーズ公爵家の後継者よ⁉ みんな喉から手が出そうなほど欲しがる地位を、そう簡単に手放す人がいるわけ……」
「いるんだよ、それが」
お父様は確信しているが私は納得がいかない。上手くいったものの、後継者の座を辞することになった人間に申し訳が立たない。将来何か融通するとか、直接謝罪するとかしないと、後々のトラブルにもなりかねないし。
そうして私が頬を膨らませていると、お父様は笑顔で話を逸らした。
「そうと決まったら、婚約解消後には選択クラスを変えないとなぁ。淑女クラスではなく、後継者が学ぶ文官クラスにしないと。クラス変更しても追いつけるよう、勉強しておきなさい」
王妃教育で基本的な知識は学んでいるものの、文官クラスのような実際の領地運営に対する思惑や動きなどは経験がほとんどない。確かに学んでおく必要はある。しかし、明らかに誤魔化しており、子ども扱いされているみたいだ。
「……いいかい、リリー」
お父様は穏やかな顔でそっと私の肩を抱いた。年季の入った皺の刻まれた手が、ぎゅっと私の手を握ってくれる。服越しにも伝わるお父様の体温は、いつも温かい。
「お父様も昔はお母様に恋をしたんだ。障害は色々あったよ。お母様は伯爵家で、決して悪くは無いんだが、他にもっと身分の高い人はいっぱいいたからね。邪魔は入ったし、お父様もお母様もたくさん苦労した」
こうしてお父様の口から、亡くなったお母様の話をされるのは始めてかもしれない。いつもお父様は必死に一人で私を育ててくれて、お母様がいないことで寂しい思いをさせまいとしていたから。
子供のためと思っていたが、本当はお父様自身も亡くなった妻について話すのが怖かったのだろう。良い思い出である分、思い出して話すだけでも涙がこらえきれないから。実際、お父様は遠くを眺めながら涙目になっていた。
「だからね、リリーには苦労して欲しくないんだ。お前がその道を進みたいなら、いくらでもレールを敷いてやろう。困らないように、苦労しないように、お父様にできることは何だってするよ」
ぎゅっと私を抱きしめる腕に力が入る。心なしか、お父様の肩は小さく震えていた。
「だからね、リリーは安心して学びなさい。進みなさい。お父様はそれを止めないよ」
ここまで言われてしまったら、反論なんてできない。こんなに愛情をかけてくれて、父親としてできるだけのことをしようとしてくれているのだ。もうあれこれ口を出さず、お父様を信頼して任せてみるべきなのだろう。
私はぎゅっとお父様の手を握り返した。そっとお父様の胸元に顔を寄せると、以前私が贈ったロードナイトのブローチが付けられていた。そういえば、あれからどんな服を着ていてもこのブローチを付けてくれていたのだ。付けていないのは寝間着の時くらいだろうか。それほど私を愛し、大切にしてくれる父の言葉だ。
「……はい。分かりましたわ。お父様」
私が笑顔を返すと、お父様は安心したように微笑んでくれた。
そうして親子二人で久々にゆっくり会話をしていると、急に荒々しくドアがノックされた。余程慌てているのだろう。お父様の返事を待たずにドアが勢い良く開けられる。
「こ、公爵様……!」
駆け込んできたのはルネだった。もう寝るつもりだったのだろう。寝間着に軽くカーティガンを羽織った彼女は、長いルビーレッドの髪を珍しく下ろしている。
私がいるのを見て彼女は一瞬躊躇したが、彼女を迎え入れるために立ち上がったお父様に、小さな紙を手渡した。
「伝書鳩です。先程、担当の物から緊急で連絡が来まして……」
この世界は連絡手段に関しては文明が発達していない。家具家電に関しては、魔力をエネルギーにして日本にいた時と同じようなものが使われている。しかし、連絡や通信手段に関しては電波や電磁波などの概念自体が存在していない。そのため、圧倒的に文明が遅れていた。魔法で音声や映像を送ることは不可能ではないが、魔力の消費や必要な材料がレアすぎて、まだ一般化できるほどの物にはなっていない。優秀な者同士なら、使える人もいる程度だ。
現在は離れた場所では手紙でのやり取りが主で、早く届けたい場合は早馬を飛ばすか伝書鳩を使うのが主流。今回伝書鳩を使ったということは、それだけの緊急事態だと言うことだ。
このまま話を聞いていて良いのだろうかと、話をする二人を尻目にそっと部屋を去ろうとする。
「あの男が、動き始めました」
あの男とは誰だろうか。ぱっと思い出すことはできない。
「向かう先は旧ソプレス王国の王都。……シルヴィオのいるところです」
シヴァの名前を聞き、ようやく私は思い出した。シヴァが苦手だと言っていた、彼を追っている男の話を。
薄々予想していたことだが、見事に的中してしまい私は焦るしかなかった。後継者って、私が知らない間に遠縁の親戚の中から選んだりしたのだろうか。後継者じゃなくても、この家に居続けられる方法は何かないかと私は必死に頭を巡らせた。そんな私の混乱に気付いたのか、お父様はそっと私の肩に手を乗せる。
「その後継者だが、リリーが後継者を名乗り出るなら辞めさせるよ」
「え⁉」
「彼もリリーが後を継ぐならと喜んで退いでくれるだろう」
そんな簡単な話なのだろうか。そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。お父様はそっと私の頭に手を乗せる。
「だから、リリーは気にしなくて良い」
「お父様、そんなわけにはいかないでしょう? その後継者って、誰なの?」
そう質問するも、お父様は困ったように顎髭を片手で撫でつけた。視線を逸らして、何かを深く考え込む。
「う~ん……内緒、かな」
完全に口を割らないつもりだ。何年も一緒に暮らしているので、この表情はそうであるとすぐに読み取れる。
「だって、モンリーズ公爵家の後継者よ⁉ みんな喉から手が出そうなほど欲しがる地位を、そう簡単に手放す人がいるわけ……」
「いるんだよ、それが」
お父様は確信しているが私は納得がいかない。上手くいったものの、後継者の座を辞することになった人間に申し訳が立たない。将来何か融通するとか、直接謝罪するとかしないと、後々のトラブルにもなりかねないし。
そうして私が頬を膨らませていると、お父様は笑顔で話を逸らした。
「そうと決まったら、婚約解消後には選択クラスを変えないとなぁ。淑女クラスではなく、後継者が学ぶ文官クラスにしないと。クラス変更しても追いつけるよう、勉強しておきなさい」
王妃教育で基本的な知識は学んでいるものの、文官クラスのような実際の領地運営に対する思惑や動きなどは経験がほとんどない。確かに学んでおく必要はある。しかし、明らかに誤魔化しており、子ども扱いされているみたいだ。
「……いいかい、リリー」
お父様は穏やかな顔でそっと私の肩を抱いた。年季の入った皺の刻まれた手が、ぎゅっと私の手を握ってくれる。服越しにも伝わるお父様の体温は、いつも温かい。
「お父様も昔はお母様に恋をしたんだ。障害は色々あったよ。お母様は伯爵家で、決して悪くは無いんだが、他にもっと身分の高い人はいっぱいいたからね。邪魔は入ったし、お父様もお母様もたくさん苦労した」
こうしてお父様の口から、亡くなったお母様の話をされるのは始めてかもしれない。いつもお父様は必死に一人で私を育ててくれて、お母様がいないことで寂しい思いをさせまいとしていたから。
子供のためと思っていたが、本当はお父様自身も亡くなった妻について話すのが怖かったのだろう。良い思い出である分、思い出して話すだけでも涙がこらえきれないから。実際、お父様は遠くを眺めながら涙目になっていた。
「だからね、リリーには苦労して欲しくないんだ。お前がその道を進みたいなら、いくらでもレールを敷いてやろう。困らないように、苦労しないように、お父様にできることは何だってするよ」
ぎゅっと私を抱きしめる腕に力が入る。心なしか、お父様の肩は小さく震えていた。
「だからね、リリーは安心して学びなさい。進みなさい。お父様はそれを止めないよ」
ここまで言われてしまったら、反論なんてできない。こんなに愛情をかけてくれて、父親としてできるだけのことをしようとしてくれているのだ。もうあれこれ口を出さず、お父様を信頼して任せてみるべきなのだろう。
私はぎゅっとお父様の手を握り返した。そっとお父様の胸元に顔を寄せると、以前私が贈ったロードナイトのブローチが付けられていた。そういえば、あれからどんな服を着ていてもこのブローチを付けてくれていたのだ。付けていないのは寝間着の時くらいだろうか。それほど私を愛し、大切にしてくれる父の言葉だ。
「……はい。分かりましたわ。お父様」
私が笑顔を返すと、お父様は安心したように微笑んでくれた。
そうして親子二人で久々にゆっくり会話をしていると、急に荒々しくドアがノックされた。余程慌てているのだろう。お父様の返事を待たずにドアが勢い良く開けられる。
「こ、公爵様……!」
駆け込んできたのはルネだった。もう寝るつもりだったのだろう。寝間着に軽くカーティガンを羽織った彼女は、長いルビーレッドの髪を珍しく下ろしている。
私がいるのを見て彼女は一瞬躊躇したが、彼女を迎え入れるために立ち上がったお父様に、小さな紙を手渡した。
「伝書鳩です。先程、担当の物から緊急で連絡が来まして……」
この世界は連絡手段に関しては文明が発達していない。家具家電に関しては、魔力をエネルギーにして日本にいた時と同じようなものが使われている。しかし、連絡や通信手段に関しては電波や電磁波などの概念自体が存在していない。そのため、圧倒的に文明が遅れていた。魔法で音声や映像を送ることは不可能ではないが、魔力の消費や必要な材料がレアすぎて、まだ一般化できるほどの物にはなっていない。優秀な者同士なら、使える人もいる程度だ。
現在は離れた場所では手紙でのやり取りが主で、早く届けたい場合は早馬を飛ばすか伝書鳩を使うのが主流。今回伝書鳩を使ったということは、それだけの緊急事態だと言うことだ。
このまま話を聞いていて良いのだろうかと、話をする二人を尻目にそっと部屋を去ろうとする。
「あの男が、動き始めました」
あの男とは誰だろうか。ぱっと思い出すことはできない。
「向かう先は旧ソプレス王国の王都。……シルヴィオのいるところです」
シヴァの名前を聞き、ようやく私は思い出した。シヴァが苦手だと言っていた、彼を追っている男の話を。