女装メイドの従者と、婚約破棄された悪役令嬢は、幸せな結末を目指します
第九十話 最悪の再会
旧ソプレス王国の廃城。そこにシヴァとヴォルフガングは来ていた。調査のこともあり、護衛達には廃城の外で待機してもらっている。彼らはシヴァの身を案じていたが、ヴォルフガングが護衛代わりになると聞いて安心したようだ。大人しく指示を聞いてくれた。
廃城の中は、時の流れが止まったかのように静まり返っていた。国が崩壊した際に持ち出されなかった物や、持ち主が戻らなかった物がそのまま残されている。広大なホールには埃が厚く積もり、かつて豪華だった調度品は布で覆われたまま、あるいはそのままの形で静かに朽ち始めている。窓ガラスは煤けて薄暗く、踏み込むたびに古い木材が軋む音だけが響く。
「証拠になりそうな物と言ってもなぁ……」
一通り中を見て回り、ほとんどの物が昔のままだという確認は取れた。しかし、騎士団長だったヴォルフガングに証拠集めなどの頭脳労働は向いていない。彼にとっては完全にお手上げ状態だった。
「アルベリヒの不在と、ディトリヒの滞在が分かれば良いんだよな……そうなると、外交官の所か?」
シヴァの指示でヴォルフガングは外交管理部の部屋まで案内してくれた。埃の積もった廃城を歩くのだ。動きやすいように、シヴァは足首が見えるような短めのワンピースを着ていた。本来は庶民が着るようなものだが、ここにそれを咎める者はいないし、一般人にも紛れやすい。シルバーグレイの髪は黒髪のウィッグで隠し、今回は髪を下ろしたままにしていた。
外交管理部の室内は他の部屋と同様に埃にまみれていたが、壁沿いに並ぶ木製の棚には、まだ書類の束が大量に残されていた。机の上にはインク壺や筆記用具が放置されたままになっており、時間の経過がそのまま凝固したような光景だ。部屋の奥には頑丈そうな金庫が壁に埋め込まれているが、扉は固く閉じられたままである。
「ヴォルフガングはそっちの紙の束を見てくれないか? アルベリヒ・グラウベルとディトリヒ・ベルナルドの名前が書かれたものを見つけたら集めておいてくれ」
「分かった」
手分けして紙の束を漁る。しかし、一時間、二時間が経過してもそれらしい書類は見つからなかった。
一息ついたシヴァは、頑丈そうな金庫に目をやる。本当に重要そうな書類はそこに仕舞われているはずだ。
「この金庫、開け方分かるか?」
「さあ……ワシはここに用がないからな。ほとんど来たことがない」
ヴォルフガングに尋ねるも、彼は首を振る。シヴァはそっと金庫に近寄った。ダイヤル式の金庫になっており、何かの暗証番号があるはずだ。しかし、そんな番号はこの二人には分からない。
破壊してしまうか、魔法で鍵をこじ開けるか……色々考えて、シヴァはとりあえず金庫に魔力を流してみる。中の構造を探ろうとしていただけだが、すぐにその魔力がはじかれてしまったのが分かった。魔法の対策までされているらしい。こんなことができる人間は、一人しか思い当たらない。
「やあやあ、お久しぶりだねぇ。二人共」
シヴァの思考を読んだかのように、彼が思い出したその人物の声がした。外交管理部の出入り口のドア、そこに音もなくその男が立っていた。
随分と背の高いその男は、身を隠すように黒いローブを纏っていた。しかし、ローブから覗く顔や手足は痩せこけており、元は端正な顔立ちであっただろう男の顔に深い影を落としている。色褪せた薄い金髪から覗く瞳は、薄暗いこの部屋の中でも赤く輝いていた。
「オスカー……」
ヴォルフガングが小さくその男の名を呟く。彼はかつてこのソプレス王国で栄華を誇った大魔法使いオスカー・ヴァルシュ。落城の際にシヴァを連れて逃げ出したものの、復讐の妄念に取りつかれてしまった男である。湿った薄暗い地下室で、復讐のために人を殺す方法を何度もシヴァに教え込んだ、シヴァのトラウマにもなっている男。
彼は名を呼ばれて深く礼をすると、改めてシヴァに向き直った。真後ろにいた彼に思わず振り返るシヴァ。その彼の姿を見た途端、オスカーは意地の悪いにやけた笑みを消し去った。
「ソフィ……?」
小さく彼が呟いた声は、シヴァには聞こえない。オスカーの姿を見た途端、彼はすぐに部屋の端まで移動していた。そんなシヴァを追うように、オスカーは手を伸ばす。
「何をしに来た、オスカー!」
ヴォルフガングの叫びに、オスカーははっと気づいて動きを止めた。一度ゆっくりと視線をヴォルフガングに向け、再びシヴァへと視線を戻す。何かに気付いたオスカーはふっと息を吐くと、再びあのニヤニヤとした笑顔を作り直した。
「何をしにって、お前達に会いにだよぉ? ……ずっと、ずっと。会いたかったんだ。貴方様に」
そう言いながら、オスカーはわざとらしく仰々しい礼を披露する。そんな彼からシヴァを隠すように、ヴォルフガングはオスカーの前に立ちはだかった。
「話には聞いている。彼に何をしたのかはな。貴様、それでも魔導士団長か!」
「“元”だよ。お前こそ、いまだに馬鹿みたいに復興支援だのなんだの、手を貸しているそうじゃないか。元騎士団長が、嘆かわしい」
「騎士団長など関係ない! 守るべき国が滅んだとしても、民が生きているならばそれを守り続けるのが騎士としての誇りだ!」
「相変わらず暑苦しいねぇ。ほんっとに、昔からお前とは相容れないよ。考え方も、生き方も、何もかも」
激しく言い合いをしながらも、ヴォルフガングはシヴァを背に隠しながらじりじりとドア方向へと移動していく。それに合わせて、シヴァも少しずつドア方向へ移動していた。ヴォルフガングがいくら強くても、シヴァを守りながら最強だと謳われた魔導士団長だったオスカーと戦えば無傷ではいられない。シヴァの魔法も、彼相手ではどれだけ通じるのか分からない。それほどまでに、オスカーは二人が警戒しなければならない相手だった。
「逃げるのかい?」
恐らく、逃げようと二人が動き出していることは予想していたのだろう。オスカーはニタニタと笑いながら、懐から紙の束を取り出した。
「なんだそれは……」
「お前達が探しに来た物だよ。……いや、貴女様が欲しがっていたものです」
ヴォルフガングを無視してつかつかと歩み寄ってきたオスカーは、ずいっとその紙束をシヴァに差し出した。ヴォルフガングの陰に隠れつつ、シヴァは恐る恐るそれを手に取る。紙束は様々な書類や日記などを紐でぐるぐると縛ってある簡易的な物だ。
「……お前は、何が目的なんだ? オレを連れ戻しに来たんじゃないのか?」
「元はそのつもりでしたがねぇ。奴らの罪を暴こうとしているならば、協力しようかと」
オスカーは口元に手を当てて微笑む。
「……どうせ、事実を知れば貴方様も私に助力したいと思うはずです。私はその時を待つだけ」
そう呟くオスカーの目は、薄暗く埃っぽい部屋の中、怪しく輝いていた。
廃城の中は、時の流れが止まったかのように静まり返っていた。国が崩壊した際に持ち出されなかった物や、持ち主が戻らなかった物がそのまま残されている。広大なホールには埃が厚く積もり、かつて豪華だった調度品は布で覆われたまま、あるいはそのままの形で静かに朽ち始めている。窓ガラスは煤けて薄暗く、踏み込むたびに古い木材が軋む音だけが響く。
「証拠になりそうな物と言ってもなぁ……」
一通り中を見て回り、ほとんどの物が昔のままだという確認は取れた。しかし、騎士団長だったヴォルフガングに証拠集めなどの頭脳労働は向いていない。彼にとっては完全にお手上げ状態だった。
「アルベリヒの不在と、ディトリヒの滞在が分かれば良いんだよな……そうなると、外交官の所か?」
シヴァの指示でヴォルフガングは外交管理部の部屋まで案内してくれた。埃の積もった廃城を歩くのだ。動きやすいように、シヴァは足首が見えるような短めのワンピースを着ていた。本来は庶民が着るようなものだが、ここにそれを咎める者はいないし、一般人にも紛れやすい。シルバーグレイの髪は黒髪のウィッグで隠し、今回は髪を下ろしたままにしていた。
外交管理部の室内は他の部屋と同様に埃にまみれていたが、壁沿いに並ぶ木製の棚には、まだ書類の束が大量に残されていた。机の上にはインク壺や筆記用具が放置されたままになっており、時間の経過がそのまま凝固したような光景だ。部屋の奥には頑丈そうな金庫が壁に埋め込まれているが、扉は固く閉じられたままである。
「ヴォルフガングはそっちの紙の束を見てくれないか? アルベリヒ・グラウベルとディトリヒ・ベルナルドの名前が書かれたものを見つけたら集めておいてくれ」
「分かった」
手分けして紙の束を漁る。しかし、一時間、二時間が経過してもそれらしい書類は見つからなかった。
一息ついたシヴァは、頑丈そうな金庫に目をやる。本当に重要そうな書類はそこに仕舞われているはずだ。
「この金庫、開け方分かるか?」
「さあ……ワシはここに用がないからな。ほとんど来たことがない」
ヴォルフガングに尋ねるも、彼は首を振る。シヴァはそっと金庫に近寄った。ダイヤル式の金庫になっており、何かの暗証番号があるはずだ。しかし、そんな番号はこの二人には分からない。
破壊してしまうか、魔法で鍵をこじ開けるか……色々考えて、シヴァはとりあえず金庫に魔力を流してみる。中の構造を探ろうとしていただけだが、すぐにその魔力がはじかれてしまったのが分かった。魔法の対策までされているらしい。こんなことができる人間は、一人しか思い当たらない。
「やあやあ、お久しぶりだねぇ。二人共」
シヴァの思考を読んだかのように、彼が思い出したその人物の声がした。外交管理部の出入り口のドア、そこに音もなくその男が立っていた。
随分と背の高いその男は、身を隠すように黒いローブを纏っていた。しかし、ローブから覗く顔や手足は痩せこけており、元は端正な顔立ちであっただろう男の顔に深い影を落としている。色褪せた薄い金髪から覗く瞳は、薄暗いこの部屋の中でも赤く輝いていた。
「オスカー……」
ヴォルフガングが小さくその男の名を呟く。彼はかつてこのソプレス王国で栄華を誇った大魔法使いオスカー・ヴァルシュ。落城の際にシヴァを連れて逃げ出したものの、復讐の妄念に取りつかれてしまった男である。湿った薄暗い地下室で、復讐のために人を殺す方法を何度もシヴァに教え込んだ、シヴァのトラウマにもなっている男。
彼は名を呼ばれて深く礼をすると、改めてシヴァに向き直った。真後ろにいた彼に思わず振り返るシヴァ。その彼の姿を見た途端、オスカーは意地の悪いにやけた笑みを消し去った。
「ソフィ……?」
小さく彼が呟いた声は、シヴァには聞こえない。オスカーの姿を見た途端、彼はすぐに部屋の端まで移動していた。そんなシヴァを追うように、オスカーは手を伸ばす。
「何をしに来た、オスカー!」
ヴォルフガングの叫びに、オスカーははっと気づいて動きを止めた。一度ゆっくりと視線をヴォルフガングに向け、再びシヴァへと視線を戻す。何かに気付いたオスカーはふっと息を吐くと、再びあのニヤニヤとした笑顔を作り直した。
「何をしにって、お前達に会いにだよぉ? ……ずっと、ずっと。会いたかったんだ。貴方様に」
そう言いながら、オスカーはわざとらしく仰々しい礼を披露する。そんな彼からシヴァを隠すように、ヴォルフガングはオスカーの前に立ちはだかった。
「話には聞いている。彼に何をしたのかはな。貴様、それでも魔導士団長か!」
「“元”だよ。お前こそ、いまだに馬鹿みたいに復興支援だのなんだの、手を貸しているそうじゃないか。元騎士団長が、嘆かわしい」
「騎士団長など関係ない! 守るべき国が滅んだとしても、民が生きているならばそれを守り続けるのが騎士としての誇りだ!」
「相変わらず暑苦しいねぇ。ほんっとに、昔からお前とは相容れないよ。考え方も、生き方も、何もかも」
激しく言い合いをしながらも、ヴォルフガングはシヴァを背に隠しながらじりじりとドア方向へと移動していく。それに合わせて、シヴァも少しずつドア方向へ移動していた。ヴォルフガングがいくら強くても、シヴァを守りながら最強だと謳われた魔導士団長だったオスカーと戦えば無傷ではいられない。シヴァの魔法も、彼相手ではどれだけ通じるのか分からない。それほどまでに、オスカーは二人が警戒しなければならない相手だった。
「逃げるのかい?」
恐らく、逃げようと二人が動き出していることは予想していたのだろう。オスカーはニタニタと笑いながら、懐から紙の束を取り出した。
「なんだそれは……」
「お前達が探しに来た物だよ。……いや、貴女様が欲しがっていたものです」
ヴォルフガングを無視してつかつかと歩み寄ってきたオスカーは、ずいっとその紙束をシヴァに差し出した。ヴォルフガングの陰に隠れつつ、シヴァは恐る恐るそれを手に取る。紙束は様々な書類や日記などを紐でぐるぐると縛ってある簡易的な物だ。
「……お前は、何が目的なんだ? オレを連れ戻しに来たんじゃないのか?」
「元はそのつもりでしたがねぇ。奴らの罪を暴こうとしているならば、協力しようかと」
オスカーは口元に手を当てて微笑む。
「……どうせ、事実を知れば貴方様も私に助力したいと思うはずです。私はその時を待つだけ」
そう呟くオスカーの目は、薄暗く埃っぽい部屋の中、怪しく輝いていた。