猫になった私を拾ったのは、私に塩対応な婚約者様でした。
 パンッと乾いた音が響く。
 頭に血が上り、気づいた時にはすでにシェリルを叩いた後だった。

「何をしている!」

 私の手を掴み、強く咎める声がした。

「ミリア、彼女に何をした?」

「……ルーク様」

 私達の間に割って入った彼の名はルーク・ノア・フェルディア。この国の第三王子で私の婚約者だ。
 婚約者、と言っても名ばかりだけど。
 その証拠に私の事なんてそっちのけで、ルーク様は取り出したハンカチに冷却効果の魔法をかけ、

「シェリル嬢、早く頬を冷やすといい」

 自らの手でシェリルの頬をそっと冷やしている。
 とても心配そうなその声も。
 シェリルに向けられた優しげな視線も。
 いつも私に向けられるモノとは明らかに異なる。
 多分、ずっと前からこの"婚約"(物語)の結末は分かっていた。
 この恋が実ることはないのだ、と。

「ミリア。何故、こんなバカなことをした」

 射抜くような鋭い視線と吐き出される強い言葉。
 ああ、もう何処かに消えてしまいたい。
 そう思った瞬間、冷や水をぶっかけられたような衝撃と共に突如私の脳裏にはある光景が浮かんだ。
 それはまるで走馬灯のように急速に私の脳内に刻まれていき、否応なしに理解する。
 私はこの展開を知っている。
 前世で飽きるほどこの手の物語は読んだ(・・・)から。
 読み過ぎて生憎とこれがそのうちのどの話なのか、原作は思い出せないけれど。
 どの話であったとしても、この後の展開は決まりきっている。

「ルーク様、ミリア様を責めないで!! 私が悪いのです! 私が、侯爵令嬢であるミリア様の機嫌を害してしまったから」

 わぁーっと顔を伏せて泣き真似をし出すシェリル。
 慰めようと差し出されたルーク様の腕にシェリルは当然のように絡みつき、私を見てほくそ笑む。
 とんだ茶番だ。
 そう思ったけれど。
 シェリルを叩いたのは紛れもなく私自身だし、どうせ何を言ってもルーク様は味方をしてくれない。
 何故ならミリア・ハドラーは悪役令嬢なのだから。

「……ふふっ」

 非難めいた視線を浴びながら、私は乾いた笑みを漏らす。
 私はもう詰んでいる。
 なら、やることは一つだ。

「ラズリー男爵令嬢。手を上げてしまった点については謝罪いたします。本当に申し訳ございません」

 そう言って私は深々と頭を下げる。

(わたくし)、知りませんでしたの。まさか自分の婚約者(ルーク殿下)にこんなに素敵な恋人がいただなんて」

 私が非難すべき相手は多分シェリルではなく、最初からルーク様だったのだ。

「ミリア! コレは」

「……殿下」

 その先のセリフを聞きたくなくて、言葉を遮った私は、

「お慕いしておりました」

 砕け散った想いを伝えると二人に背を向け駆け出した。
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