最低な過去はどうすれば取り戻せる?
黒髪に、青い目。幼いながらに整った、とても既視感のある面差し。
町外れの養護院にて、庭で遊ぶその幼児を木陰から眺めて、アダムは両手で顔を覆って呻いた。
「俺の子だろ……」
木陰で一緒に幼児を見ていたルイスは、アダムの反応を見てほっとしたように息を吐く。
「身に覚えはあるんですね。そのへん奥手だと思っていたので、意外ではありますが」
遠慮のない発言であったが、アダムはむしろよく聞いてくれたとばかりに答える。
「生きるか死ぬかの状況で、彼女は支援物資を持ってわざわざ前線まで来てくれたんだぞ。それはもう、そういう空気になってそういう一夜を過ごすだろう」
「まあ、あまり興味はないのでその話はいいですよ。しかしそれはそれでまずいことになりましたね」
「どうまずい?」
寝て起きたら三年過ぎていたせいで、アダムは何かと慎重になっている。ルイスの言葉にも、いちいちきちんと耳を傾ける。まだ俺の知らない何かあるのか? と必要以上に警戒しているせいだ。
ルイスは「ええと、つまりですね」と考えをまとめながら話し出す。
「その支援物資を調達する過程で、エイプリル様はすべてを失ったわけですよね。その上、あなたからはお子さんを賜り、戦後ひとりで多大な苦労を背負いこむことになった、と。そうなる可能性を考えずに『そういう一夜』を過ごしたって、控えめに言ってお師匠様、最低では?」
胸に重い一撃を受けて、アダムは心臓を手でおさえて俯いた。
頼る親戚もなかったのか、エイプリルは幼子とともに養護院に身を寄せたらしい。自身はそこの職員として働き、生まれた子どもはみんなの子として世話をしているようだった。
「最低……。たしかに、俺は彼女が子どもを孕んだことも知らず、出産に立ち会うこともなく、子どもの成長を共に見守ることもなく、ただ寝ていただけだ。最低だ……せめて今から取り返したい……!」
いざ、と木陰から飛び出そうとしたアダムの上着を、ルイスがしっかりと掴んで「お待ち下さい!」と小声で叫ぶ。
「三年ですよ! 若い女性にとっての三年は大きいです。子どもを生んで別れた男を忘れて新たな恋愛をするくらいの期間ですよ! その現実と向き合いましょうね! いまさらいきなり顔を出しても、相手を困らせるだけかもしれないってことを、わかりましょう!」
「あ、あ、あ、新たな恋愛……?」
ルイスがあれですよとばかりに、視線で養護院の庭を示す。そちらへと顔を向けたアダムは、見てしまった。
大好きな婚約者エイプリルの姿。洗いざらしのシャツとスカートで、身なりは平民そのものだったが、品のある顔立ちは苦労の三年を経ても光り輝くほどに美しい。
その彼女の横には、背の高い、聖職者らしいカソック姿の青年が立っていた。
距離が近い。
エイプリルは庭で遊ぶ子どもたちを見ているが、青年はそのエイプリルの横顔に熱い視線を注いでいる。
「この養護院の院長であるデヴィット・リーヴス。子爵家の三男で貴族の出身ですが、家を継ぐ立場にないので聖職者となり、戦後は教会から派遣される形でこの院を任されているようです。特に悪い噂はなく、運営は堅実。エイプリル様がここに身を寄せてから一年半くらい、一緒に過ごしていることになります。おそらく、エイプリル様の身の上もご存知でしょう。それであの視線。あの目つき。恋の気配、感じませんか?」
「恋…………」
たった三年。されど三年。
生きて戻らないかもしれないと関係を持ち、子どもだけ作って別れ、こんこんと眠り続けることになったアダムは、彼女の大切なときにそばにいられなかった最低の男。
婚約解消したエイプリルが、新たな人生を送っていても、いまさら何ができるというのだろう。
(俺が姿を見せるのは彼女のためにならない、か……)
そう思いつつ、アダムは未練がましくルイスに気持ちを打ち明けた。
「父親だと、名乗るわけにはいかないかもしれないが……。血の繋がりはあるんだ。せめて子どもに何か援助するくらいは、しても良いんじゃないだろうか」
「援助、ですか?」
ルイスが問い返すと、アダムはいまにも泣きそうに目を赤くして頷いた。
「俺にできる限りのことをしたい」
* * *
町外れの養護院にて、庭で遊ぶその幼児を木陰から眺めて、アダムは両手で顔を覆って呻いた。
「俺の子だろ……」
木陰で一緒に幼児を見ていたルイスは、アダムの反応を見てほっとしたように息を吐く。
「身に覚えはあるんですね。そのへん奥手だと思っていたので、意外ではありますが」
遠慮のない発言であったが、アダムはむしろよく聞いてくれたとばかりに答える。
「生きるか死ぬかの状況で、彼女は支援物資を持ってわざわざ前線まで来てくれたんだぞ。それはもう、そういう空気になってそういう一夜を過ごすだろう」
「まあ、あまり興味はないのでその話はいいですよ。しかしそれはそれでまずいことになりましたね」
「どうまずい?」
寝て起きたら三年過ぎていたせいで、アダムは何かと慎重になっている。ルイスの言葉にも、いちいちきちんと耳を傾ける。まだ俺の知らない何かあるのか? と必要以上に警戒しているせいだ。
ルイスは「ええと、つまりですね」と考えをまとめながら話し出す。
「その支援物資を調達する過程で、エイプリル様はすべてを失ったわけですよね。その上、あなたからはお子さんを賜り、戦後ひとりで多大な苦労を背負いこむことになった、と。そうなる可能性を考えずに『そういう一夜』を過ごしたって、控えめに言ってお師匠様、最低では?」
胸に重い一撃を受けて、アダムは心臓を手でおさえて俯いた。
頼る親戚もなかったのか、エイプリルは幼子とともに養護院に身を寄せたらしい。自身はそこの職員として働き、生まれた子どもはみんなの子として世話をしているようだった。
「最低……。たしかに、俺は彼女が子どもを孕んだことも知らず、出産に立ち会うこともなく、子どもの成長を共に見守ることもなく、ただ寝ていただけだ。最低だ……せめて今から取り返したい……!」
いざ、と木陰から飛び出そうとしたアダムの上着を、ルイスがしっかりと掴んで「お待ち下さい!」と小声で叫ぶ。
「三年ですよ! 若い女性にとっての三年は大きいです。子どもを生んで別れた男を忘れて新たな恋愛をするくらいの期間ですよ! その現実と向き合いましょうね! いまさらいきなり顔を出しても、相手を困らせるだけかもしれないってことを、わかりましょう!」
「あ、あ、あ、新たな恋愛……?」
ルイスがあれですよとばかりに、視線で養護院の庭を示す。そちらへと顔を向けたアダムは、見てしまった。
大好きな婚約者エイプリルの姿。洗いざらしのシャツとスカートで、身なりは平民そのものだったが、品のある顔立ちは苦労の三年を経ても光り輝くほどに美しい。
その彼女の横には、背の高い、聖職者らしいカソック姿の青年が立っていた。
距離が近い。
エイプリルは庭で遊ぶ子どもたちを見ているが、青年はそのエイプリルの横顔に熱い視線を注いでいる。
「この養護院の院長であるデヴィット・リーヴス。子爵家の三男で貴族の出身ですが、家を継ぐ立場にないので聖職者となり、戦後は教会から派遣される形でこの院を任されているようです。特に悪い噂はなく、運営は堅実。エイプリル様がここに身を寄せてから一年半くらい、一緒に過ごしていることになります。おそらく、エイプリル様の身の上もご存知でしょう。それであの視線。あの目つき。恋の気配、感じませんか?」
「恋…………」
たった三年。されど三年。
生きて戻らないかもしれないと関係を持ち、子どもだけ作って別れ、こんこんと眠り続けることになったアダムは、彼女の大切なときにそばにいられなかった最低の男。
婚約解消したエイプリルが、新たな人生を送っていても、いまさら何ができるというのだろう。
(俺が姿を見せるのは彼女のためにならない、か……)
そう思いつつ、アダムは未練がましくルイスに気持ちを打ち明けた。
「父親だと、名乗るわけにはいかないかもしれないが……。血の繋がりはあるんだ。せめて子どもに何か援助するくらいは、しても良いんじゃないだろうか」
「援助、ですか?」
ルイスが問い返すと、アダムはいまにも泣きそうに目を赤くして頷いた。
「俺にできる限りのことをしたい」
* * *