最低な過去はどうすれば取り戻せる?
 最近、レスターがエイプリルに対して妙なことを言うようになった。

「かがみの中から、おにいちゃんがあそびにくる」
「どういうこと?」
「おにいちゃん」

 どうも、ひとりでぼんやりしているときに、その「誰か」があらわれて、一緒に遊んでくれるらしい。
 
(どうしても人手が足りなくて、目が届かないときがあるから……。本当は、この年頃の子がひとりになる時間があるのって、良くないと思うんだけど……)

 胸騒ぎがするものの、生活に追われているエイプリルは、その話をじっくり聞き出す時間を作れないでいた。
 せめて夜に一緒に寝るときに、ぐずって寝付きの悪い日があったら話してみようと思っていたのだが、院長であるデヴィットからある日言われてしまったのだ。

「あなたがたはたまたま親子でここに身を寄せていますが、他の子たちは親がいません。レスターも二歳になったのですから、いつまでも母と一緒というわけにはいきません。大部屋に移して他の子たちと寝かせるようにしましょう」

「二歳ですよ? ここで一番小さいんです。何かあったときに他の子たちには対処できないかもしれませんし……」

「いいえ。今でさえ『ずるい』と思われているのです。寝室は分けなさい。良い機会です、子離れする時期ですよ。あなたも貴族の生まれならわかるでしょう? 普通なら、母親は子を乳母にまかせて構わないものです。そうして夜も大人の時間を確保しておかねば、何人も子をもうけることができませんから」

 そう言いながら、肩に手を伸ばしてくる。エイプリルはさっと身を引いてかわした。
 デヴィットは嘆息して「いい加減に……」と言いながら眉をひそめ、エイプリルを軽く睨みつけてきた。

「私の気持ちを受け入れていただければ、あなたとレスターを妻子として特別な扱いにすることができると、言っているのに」

「養護院に居場所をいただいている件は感謝しておりますが、特別扱いは望んでおりません。私はひとりでレスターを育てるって決めていますので」

「ひとりで育てられないから、養護院(ここ)にいるのでしょう?」

 追い詰めるような口ぶりに、ひやりとした冷たさが漂う。エイプリルは、デヴィットのことが苦手であった。

(いつまでも、ここにはいられないわね。でも、せめてもう少しレスターが大きくなってからでなくては)

 早い内に出て行かなければ、デヴィットに押し切られて要求を呑まされてしまう。その危機感で、エイプリルは気が休まる暇が無い。

 その夜から、レスターとは別の部屋で寝るように決められてしまったのだった。

 * * *
< 4 / 6 >

この作品をシェア

pagetop