仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
 それまで感じていた線引きが、束の間溶けたかのよう。それに乗じて誌史が続ける。


 「驚きます。こんなところですごい方とお会いできたんですから」


 外交官といったら外国語が自在に操れる、誌史の憧れの職業だ。自分とは違う、遥か遠い場所にいる人。流暢なフランス語が話せたのも、現地の事情に詳しいのも、そして誌史を手助けしてくれたのも納得である。


 「ともかく楽しい思い出を作って帰ることを祈ってるよ」
 「ありがとうございます!」


 彼は軽く手を挙げると、通りの向こうへと歩きだす。その歩き方ひとつにも揺るぎない自信と静かな余裕が滲んでいるようで、誌史はその後ろ姿を言葉もなくしばらく見つめていた。

 当初はいったんホテルで荷物を預けてから出かけようと考えていたが、せっかく街に出てきたため、そのまま観光することにした。短い日程のため、幸いにもキャリーバッグはコンパクト。街歩きにもさほど邪魔にならない。

 誌史はルーブル美術館で名画に触れ、セーヌ川沿いを歩きつつ芸術橋やポン・ヌフ橋からエッフェル塔を遠望する贅沢な時間を過ごしたあとも、足を止めることなくパリの街を味わい続けた。
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