仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです

 翌週の金曜日、仕事を終えた誌史は修吾を紹介すべく、両親が営む小料理屋『ほたる庵』へやって来た。

 路地の奥、薄暗い石畳に佇むその店は古びた木造の外観で、煤けた提灯と季節の花が彩る小さな植木鉢でひっそりと客を誘う。引き戸を開けると出汁の香りが鼻をくすぐり、磨かれた欅のカウンターとやわらかな照明が迎える。

 壁の民芸皿、畳の座敷、すだれ越しの小さな庭に一輪の野花。カウンター越しに店主である父、京志郎の包丁が響き、客の笑い声がBGMのように溶ける。ほたる庵は、日常を忘れるささやかな隠れ家として人気だ。

 引き戸を開けてすぐ、うぐいす色の付け下げを着た母の(ほたる)が「あら、久しぶりね」と誌史を出迎える。
 五十歳になった母は若い頃の面影を残しつつも、目尻の小さな皺が年輪のように刻まれている。昔から客あしらいが上手で、笑うと誰でもつられてしまうような人だ。

 もともと色白だが、今日は一段と顔が白い。ところどころ白髪が混じってきたのに、不思議とそれさえ母らしくて落ち着いて見える。小料理屋の女将らしいきびきびとした所作と、家では甘える父を甲斐甲斐しく支える姿の両方が思い出されて、誌史は胸の奥があたたかくなる。


 「ねえ、お母さん、体調でも悪い?」
 「あら、どうして?」
 「いつも以上に顔が白いから」
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