仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
会議が終わると、修吾はひとりで資料室へ向かった。
棚に並ぶ過去の協定文書を手に取り、ページをめくる。十年前のEUとの交渉記録。そこに記された一文に、修吾は目を留めた。
「〝文化は、国境を越える信頼の架け橋である〟……か」
小さく呟いた声は、誰に届くわけでもない。
孤独に慣れているはずなのに、ふとした瞬間、胸の奥に空白の冷たさが過る。だがすぐにそれを打ち消すように、修吾はペンを走らせた。
外交とは過去を読み、未来を描く仕事だ。誰にも見えない場所で静かに国を動かす者たちの、終わりなき知的戦いである。
その孤独を抱えることも、役目の一部だと修吾は考えていた。
詩史と出会ったのは、そんな張りつめた日々を送っていたときだった。
パリへの出張中、ふらりと入ったカフェの片隅で、言葉が通じず困っていたのが彼女だった。慣れないフランス語をなんとか駆使しつつ、戸惑いながらも英語に切り替えて必死に伝えようとするが、うまくいかない。
ツーリストの救済は外交官の本分。言葉が通じず困っている人の手助けは、五年前の若者への手助けとは深刻度が違う。軽い気持ちで声をかけ、初めてのフランスだという彼女と束の間の会話を楽しんだ。