仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
 名刺を渡したのは、あくまでも仕事の延長線にある形式的な流れ。そこで終わりのはずが、宿泊先のホテルで再び同じような場面に出くわした。

 ホテル難民になった彼女を放っておくわけにはいかない。結果として自分の部屋に泊めることになったが、ここ五年間の修吾には考えられない状況である。
 そこまでする必要が?という迷いもあったが、危うげな彼女をひとりにするのはさすがにできない。自分でなんとかしようとする、ひたむきな姿に五年前の自分を重ねたせいもあった。

 夕食をとるためにパリの街へ彼女を連れ出したのは、せっかくなら本場のフレンチを堪能してもらいたいという年長者としてのささやかな務め。少なくとも彼女よりは人生経験が豊富な者からの、ちょっとした餞別とでも言おうか。トラブルに懲りて、パリを嫌いになってほしくないという思いからだった。
 あくまでも仕事の一環。そこに感情はいっさい含まれていなかった。

 ところが、なにに対しても驚きと好奇で目を輝かせる詩史との会話は予想外に楽しく、時間は瞬く間に過ぎていく。

 ひと回りも年下が相手であり、気楽な気持ちで向き合えたせいか。張り巡らせていた壁が、次第に低くなっていくのを自分でも感じていた。

 話題は文化や食、通訳という彼女の夢へと自然に広がり、小さな発見を分かち合う。エスカルゴを恐れながら口に入れ、目を輝かせた様子も、食後に交わした些細な笑いも、修吾にとっては思いがけないほど貴重な記憶になった。
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