仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
甘い変化と触れ合い

 修吾とケーキを食べた翌日の午後、誌史はブルームコミュニケーションズのオフィスでデスクに向かい、集中した面持ちでモニターに映る英文を読み込んでいた。耳にはヘッドセットを装着。同僚が電話でやり取りする声や、プリンターの紙が吐き出される音が遠くに響く。

 メモをとりながら、逐次訳を口に出して確認する。ところどころ言葉がつかえて赤ペンで修正を加えるが、直後に自分で首を傾げて笑う。小さな失敗を繰り返しながらも、ひとつずつ前に進む感覚は、鍵のかかった扉を順番に試していくようなものだった。

 ひとつ開けば、次の部屋が見える。足元は不確かでも、確実になにかを掴んでいる。
 訳文のニュアンスがぴたりと決まった瞬間、誌史はわずかに眉を上げた。誰に見せるでもない、静かな達成感。その積み重ねが誌史の仕事を形づくっていた。

 ふと、昨夜のことを思い出す。
 修吾が買ってきてくれたケーキの甘さと、一緒に『美味しい』と目を細めた彼の顔。その光景を思い出すと、胸の奥があたたかくなる。

 そんなとき休憩から戻ってきた里依紗が、ひょいと誌史のデスク脇に立った。


 「昨日ね、神谷さんと飲んだの」


 里依紗は書類を抱えたまま声をひそめた。真顔だが、どことなくうれしそうなのが声色でわかる。
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