仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
 通りの店には春物のワンピースが並び、ショーウィンドウ越しに見えるマネキンたちは、この街の空気を纏って微笑んでいるよう。バゲットを抱えたマダムが自転車で通り過ぎ、犬を連れた紳士と「ボンジュール」と声をかけ合う様子に心をくすぐられる。

 クリーム色の外壁に緑のオーニングが映えるこぢんまりとしたカフェのテラスには、人々の笑顔が溢れていた。
 窓枠にはアイアンの装飾が施され、季節の花が小さな鉢に植えられて並んでいる。扉の上には金文字で店名が描かれ、どこか古い映画のセットのような趣だ。

 誌史も立ち止まり、ラタンの椅子と丸テーブルのテラス席に腰を下ろした。空は淡い水色で、絹のように薄い雲がどこまでも広がっている。こうしてただ座っているだけでもスクリーンから抜け出した景色のように感じられる。


 「来てよかった」


 そんな言葉が、自然と口から零れた。
 一年間、通訳のインターンとして走り続けた日々。緊張の連続だったあの時間が、街の穏やかな光に溶けていく。
 そうして胸を高鳴らせていた誌史だったが、思わぬところで躓いた。


 『えっと……カフェオレ、シルヴプレ……』


 つたないフランス語に店員が首を傾げる。
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