仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
 小さく自分に言い聞かせ、ヘッドセットを耳に掛ける。深呼吸ひとつで心を整え、通訳を開始した。
 ところが、鞄から取り出した専門用語リストに目を通した瞬間、違和感に気づいた。ページをめくるたびに、どこかおかしい。記憶と合わない用語や、意味をなさない訳語が混じっている。

 (……差し替えられてる?)

 背筋が冷たくなる。こんな直前になって資料が使えないと知った焦燥に、喉が渇いた。しかし動揺を顔に出すわけにはいかない。誌史は唇をきゅっと結び、これまで積み重ねてきた努力と知識を信じるしかないと自分に言い聞かせる。

 気のせいか、隣席の里依紗はちらりと誌史を横目で見やり、唇の端をわずかに吊り上げた。

 (――まさか、里依紗さんが?)

 ふと、嫌な予感がかすめる。里依紗が差し替えたのではないか、という疑念が浮かんだのだ。
 しかし、誌史を指導する立場である里依紗が、そのような行動に出るはずはないし考えたくもない。

 (ううん、そんなわけがないわ)

 即座に頭を振って追い払った。

 会議がはじまり、冒頭から交わされる専門的な議論に誌史は懸命に耳を澄ませ、瞬時に日本語へと変換する。資料はなくとも、誌史の通訳は安定していた。
 ところが誌史が崩れないまま通訳をこなすと、里依紗は強引にマイクへ割り込んだ。
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