仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです

 翌日、誌史は仕事帰りのまま修吾のマンションへ戻ってきた。
 静まり返った部屋に、修吾の姿はまだない。昼のうちにメッセージで帰ると伝えたが、返信はひと言【了解】とだけだった。

 午後七時を過ぎた窓の向こうはどこまでも遠く、音のない夜景がまるで絵のように広がっている。

 (一カ月ぶりだけど、もっと久しぶりの感じがする……)

 キャリーバッグを引きながらリビングに足を踏み入れた。
 ウッディな香りにほんのり柑橘が混ざり、まるで森の中にいるような清涼感のある香りに包まれる。懐かしい匂いだ。
 誌史が短い間暮らしていたときと同じはずだが、少しだけ違って感じるのは自分の中に知らぬ間に生まれた、修吾がいる空間への想いの深さのせいかもしれない。

 実家では母の手伝いに追われていた慌ただしさの中で、ふとした拍子にこの部屋の静けさを思い出していた。
 修吾が読書をしている姿、ソファで並んで過ごした夜。どれもありふれた光景なのに、思い浮かべるたび胸がきゅっと締めつけられた。

 誌史はやっと、その空間に戻ってきた。それが嬉しくてたまらない。
 すっかり消えてしまった自分の気配を戻すべく、実家暮らしの間に運び込んでいた洋服類をキャリーバッグから取り出し、ひとつずつ丁寧にたたんでクローゼットにしまっていく。
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