仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
 修吾の穏やかな声、夏生の励まし、両親の笑顔、すべてが背中を押してくれる。

 ヘッドセットを耳にかけると、右耳から英語のリハーサル音声が流れはじめた。
 目の前の赤い〝ON AIR〟のランプが、カチッと音を立てて点灯する。同時に会場全体の照明が落ち、舞台上のライトだけがまばゆく輝いた。

 ――いよいよはじまる。

 司会者の声がスピーカーから流れた瞬間、誌史は息を吸い込む。英語の挨拶がはじまるのを聞き取りながら、誌史の唇は自然と動いた。

 マイクを通して流れるのは、落ち着いた日本語の声。
 一語一語、丁寧に正確に。まるで心で伝えるように。

 緊張の波の中、ふと、誌史の視界が澄んでいく。ヘッドフォン越しの音、ブースのランプ、手元の原稿。そのすべてがひとつに溶け合い、言葉が流れになっていく感覚――。

 (あぁ、これが私の場所なんだ)

 心の奥で、そんな確信がふっと灯った。

 ヘッドセット越しに流れる英語のスピーチを、誌史は一語も逃さぬように耳を傾けた。

 息を整え、声をマイクにのせる。言葉が誌史の中を通り抜け、べつの言語へと変わっていく。それはまるで、音と意味が溶け合うような感覚。

 緊張は、もうなかった。目の前の原稿も視線の先にあるモニターも、しっかり見える。心が静かに澄み渡り、まるで長い旅の終着点に立っているようだった。
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