仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
 高級パティスリーの手土産を差し出し、カチコチに固まった上体をゆっくり倒して起こすと、多香美はふわりと微笑んで「まぁ、ありがとう」と受け取った。


 「さぁ、ふたりともあがって」


 多香美は修吾の腕と誌史の手をそれぞれ引きながらリビングへ誘った。

 リビングに足を踏み入れると、木の香りがふわりと鼻をくすぐる。無垢材の床は陽の光をやわらかく反射し、アイボリーの壁と相まって部屋全体が穏やかな明るさに包まれている。窓辺には生成りのレースカーテンが揺れ、その向こうには小さな庭の緑がのぞいていた。

 アンティーク調のキャビネットや淡いグレーのソファが控えめに並び、どこか懐かしく、居心地のいい空気が流れている。

 修吾の父、達彦(たつひこ)は背筋をすっと伸ばしたままソファに座り、穏やかな眼差しを誌史たちに向けていた。

 白髪が混じった髪はきれいに整えられ、額のあたりに刻まれた皺は長年の経験と人柄の深さを物語っている。濃紺のニットにベージュのチノパンという装いは肩の力が抜けていて、それでいて品がある。
 話す前から、言葉よりも空気で伝わるものがある。そんな静かな存在感をまとっていた。今は引退しているが、商社勤めをしていたらしい。
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