仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
 明日の交流会には夏生も里依紗も参加予定だ。ノートパソコンを抱え、誌史は彼を追った。

 社内の小さな会議室で、明日に向けた用語確認ミーティングがはじまる。ホワイトボードには〝文化事業〟〝後援名義〟〝共創〟などの単語が並び、誌史はそれぞれの訳語に対して、語感と文脈を自分なりに検討していく。


 「後援はpatronageじゃ重すぎるな。でもsupportだと軽すぎる。どう思います?」
 「endorsementならどう? ニュアンス的にちょうどいいかも」
 「いいですね。じゃあ、それで統一しましょう」


 ミーティングが終わる頃には、お昼の十二時をすっかり回っていた。

 誌史は自分の手元にある資料を見て、ふと思う。
 言葉は、ただ意味を置き換えるだけでは足りない。話し手の意図を汲み、聞き手の感情に寄り添い、言葉の温度や間合いまでも伝えなければならない。
 それは、言葉を通して人と人の間に橋を架けるようなものだ。

 その橋が細くても、揺れていても、たしかに誰かの思いが届いたとき、通訳者としての存在が報われる気がする。

 未熟だと感じる瞬間は多い。だからこそ、誌史は一語一語に誠実でありたいと思っていた。
 明日の現場でも、誰かの声が迷子にならないように。その願いを胸に、誌史は静かにパソコンを閉じた。
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