仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
 ふと、会場の入口付近に視線を向けたときだった。人の波の向こうに見覚えのある姿があった。

 スーツ姿の男性がスタッフと軽く言葉を交わしながら、歩いてくるのが見える。落ち着いたグレーのスーツに身を包み、ゆっくりと足を運んでいる。背筋は真っすぐに伸び、歩幅は一定で、無駄のない動きの中にあるたしかな存在感が誌史の記憶と重なった。


 「えっ、もしかして……」


 無意識に呟いたひとり言が確信に変わる。修吾だ。
 鼓動が瞬間的に跳ねる。
 修吾はスタッフに軽く会釈を返しながらも視線は常に周囲を捉えていて、周りの人の動きを読むように動いていた。

 外交官としての経験が染みついたその立ち居振る舞いは、言葉を交わす前から周囲に安心感をもたらす。彼が立ち止まったのは、壁際に飾られた漆器の前だった。

 一瞬、目を細めてその意匠を眺めると、隣にいたフランスの来賓に流暢なフランス語で話しかける。声は低く、よく通るがやわらかい。表情にも相手への敬意が滲んでいた。

 修吾がふと視線を動かし、誌史の存在に気づく。目が合うと同時に、誌史は鼓動を一拍打ち損ねた。
 彼は微笑みを浮かべ、誰にも気づかれないほど自然な仕草で軽く顎を引いて挨拶を送ってよこす。その一瞬に、言葉以上のものが交わされたような気がした。
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