仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
 「あの……?」
 「……あ、いや、ここへは旅行?」


 浅く刻まれた笑いジワが、経験豊富な大人の余裕を物語っている。しかし笑みが消えたあと、目の奥に残ったのは感情に左右されそうにない静けさだった。


 「は、はい。今朝、到着したばかりです」


 キャリーバッグを見ながら問いかける彼に答える。


 「……パリにお住まいなんですか?」
 「いや、仕事で滞在してるだけ」


 さらりとした答え方に、個人的なことは語らない壁のようなものを感じた。
 仕事は国内でしか経験のない誌史にとって、海外での仕事は憧れだ。

 (商社マン? ジャーナリスト? それともデザイナー?)

 いったいどんな仕事だろうかと思わず目を輝かせるが、詮索できる空気ではない。

 ところがその場で切り上げるとばかり思っていた男性は、店員に飲み物を注文しながら「ここ、座っても?」と誌史の向かいの席を指差した。


 「あっ、はい、もちろんです」
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