仮面フィアンセ〜憧れの外交官からの執着愛に今にも陥落しそうです
 部屋は三階。1DKでひとり暮らしには十分な間取りだ。


 「静かな場所だね」
 「はい。賑やかな場所から離れているので」
 

 夜になると人通りも少なく、東京とは思えないほど静かだ。


 「でも建て替えがあるらしくて、来年には出て行かなきゃならないんです」
 「それは大変だな」


 同じ条件の部屋を探したら、きっと財布には厳しい家賃だろう。それを思うと不安しかない。
 エレベーターを降りて右へ向かったら部屋はすぐ。玄関の前で立ち止まり、修吾に向かい合う。


 「送ってくださりありがとうございました。イタリアンも美味しかったです」
 「また美味しいものを食べにいこう。連絡するよ」
 「楽しみにしてます」
 「これからよろしく」


 修吾がそう言った瞬間、視界が彼でいっぱいになる。驚く間もなく、唇が重なった。

 軽く触れ合うだけで離れていく彼の姿がスローモーションで流れていく。誌史は目を丸くしたままフリーズした。


 「それじゃ、おやすみ」


 修吾は微笑みながら手を軽く上げ、エレベーターのほうに向かって歩いていく。

 その背中が見えなくなって初めて、誌史は瞬きをした。息をするのも忘れていたらしく、肩を上下させて呼吸する。


 「……今、キス……した、よね……」
 

 茫然と立ち尽くしたまま、自分の唇に指先で触れる。彼の体温がそこにまだ残っているようで、今になって鼓動がスピードをあげていった。
< 70 / 289 >

この作品をシェア

pagetop