悪妻エリザベスは破滅回避のため冷徹公爵と契約を結ぶ~異常な溺愛はお断りです~
「……ベス、エリザベス! 具合でも悪いのか?」

 名前を呼ばれてハッと顔を上げると、目の前に座っている男性――クラウス・ハーヴェイが心配そうにこちらを見ていた。整った銀髪と深いグレーの瞳は先ほどまで見ていた彼と同じはずなのに、怒りに満ちていた姿よりもわずかに幼く見えた。

(なんだっけ……そうだ)

 今は婚約者であるクラウスとのお茶会中だ。ハーヴェイ公爵家の子息である彼をエリザベスの家に招き、中庭でのんびりと過ごしていたのだ。
 突然顔色を悪くしたまま呆然としていたエリザベスは、慌てて表情を繕った。

「えっと……なんでもありませんわ。少しぼーっとしてしまったみたい」

 エリザベスは口角を上げて微笑む。指先はひどく冷たくなっていたし、背筋には冷や汗が流れている。しかしそれを感じさせない立ち居振る舞いだった。

「そうか。今日は少し暑いから気をつけた方が良い」
「お気遣いありがとうございます。クラウス様も明日から剣術演習なのでしょう? 体調にはお気をつけくださいね」

 エリザベスが淑女の手本のような笑みを浮かべると、クラウスは「あぁ」と目を伏せた。
 いつものことだ。クラウスはエリザベスと滅多に目を合わせない。それどころか、いつも不機嫌そうな顔をしているのだ。先ほどのような焦った表情は実に珍しかった。

 エリザベスは気にした様子もなく、ほんの少しだけ身を乗り出した。

「ところでクラウス様、もうすぐ成人の儀がありますね。私も何かお祝いをしたいと思うのですが、何かリクエストはありますか?」

 成人を祝う儀式。その日は家族や恋人から身に着ける物を贈られるのがこの国の習慣だ。
 エリザベスよりも一つ年上のクラウスは、間もなく成人だった。

「そうだったな。……エリザベスが用意してくれるものなら別に何でも構わない」

 回答だけは紳士的だ。エリザベスは予想通りの答えを聞いて、柔らかく頷いた。

「かしこまりました。では何か考えてみますね」
「……そろそろお開きにしよう。体調がすぐれないのだろう? しっかり部屋で休め」
「そうさせていただきますわ」
「では失礼する。見送りはここで結構」

 クラウスは振り向きもせずに去っていった。
 エリザベスは立ち上がってその場で頭を下げると、再び椅子に腰掛ける。

「冷たい水を持ってきてちょうだい」

 使用人に声を掛けると、そのままテーブルに突っ伏した。
 まだ心臓が飛び出るほどドクドクと鳴り響いている。
 
(どうしようどうしよう……もしかして、ここは『歪んだ運命の愛』の世界なの? 私はあの、悪妻エリザベスに生まれ変わっていたってこと!? あの、小説の世界に?)

 エリザベス・ローレンス――前世、町田遥(まちだ はるか)は頭を抱え込んだ。


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