【マンガシナリオ】冬に咲くすみれ

第8話『すみれ色の記憶』

柱:穂乃の部屋・早朝(月曜)
涙の跡がまだ残るまま、穂乃はぼんやりと目を開ける。
枕元にはタオル、裏返しになったスマホの通知ランプが静かに光っている。
穂乃(心の声)「煌斗さん、昨日も電話くれてたんだ」
布団の中で小さく丸まる。
穂乃(心の声)「私……どうしてあんなこと……」
胸にまた痛みが広がり、ただ呼吸を整えることしかできない。

回想
柱:穂乃の部屋
週末の二日間、穂乃はほとんど外に出られず連絡も返せなかった。
ベッドで泣く穂乃の様子。
スマホの画面には「落ち着いたら話をしよう」という連絡と、何度かの電話。
穂乃(モノローグ)『嫌われたって仕方ないことをした。煌斗さんのアイコンを見るたびに、胸の奥がぎゅっと締め付けられて開くことができなかった』
回想終わり

柱:介護老人保健施設「つむぎ園」・玄関(週明け)
重たい足取りで穂乃は施設へ向かう。
マスクの下の顔はむくんでいて、見せられたものではない。
石田「桜庭さん、大丈夫?」
穂乃「大丈夫です!今週もよろしくお願いします」
笑うけれど、目の下の隈が隠せない。
石田は心配そうに見つめながらも、無理に追及しなかった。

柱:施設・デイルーム・午後
利用者「穂乃ちゃん、この折り紙がうまくいかないのよ」
穂乃「あ、それはここが……」
仕事に集中して、少しずつ気が紛れてきた頃。
玄関の自動ドアが開く音がして、山崎が出ていくのが見える。
穂乃は利用者さんと楽しく折り紙に集中している。
山崎「あ、ありがとうございます!待ってました!」※嬉しそうな声で手を上げて駆け寄る。
煌斗「山崎さんお世話になります!今回も早速お試しいただけるということで、張り切って持ってきました!」※黒髪にスーツ、首元には搬入作業に備えて少しラフにしたネクタイ。
山崎「本当に楽しみです!この前いただいた資料を見て職員で話題になりましてね」
煌斗は笑顔で頷く。
煌斗「今回のモデル、背上げと脚上げの連動がさらに滑らかになってて、利用者さんはもちろんスタッフの皆さんの負担もかなり減ると思います!」
山崎「おお〜〜!実際触るのが楽しみだなぁ」
親しそうな声を聞きながら、穂乃はついたてでちょうど見えない玄関に視線を向ける。
穂乃(心の声)「たしか今日から新しいベッドの試用期間が始まるって言ってたっけ」
大きなダンボールを台車に載せたスタッフと一緒にスーツ姿の煌斗が近づいてくる。
穂乃は目を丸くして思わず折り紙で顔を隠す。
利用者「穂乃ちゃん、ここまでできたよ。次は?」
穂乃「あ、えっとここは……」※焦って対応が少し遅れる
手の中の赤い折り紙がぐしゃっとなりかける。
そのすぐ後ろ、石田が誰かに声をかける声が聞こえる。
石田「神谷さんいらっしゃい〜!ベッド、楽しみにしてたんすよ!」
煌斗「ありがとうございます!石田さんならきっと、すぐ使いこなせそうですね」
古い旧友のように親しげな様子。
穂乃は気付かれないように背を向けたまま。折り紙には集中できていない。
利用者「穂乃ちゃんそれ合ってるの〜?」みたいな声がたくさん投げられてる
石田がふと、思い出したように手を打つ。
石田「あ、そうだ神谷さん。いま実習生が来てて」※穂乃の体が固まる。
石田は気づかず、穂乃の肩に手を添える。
石田「桜庭さん、ちょっといい?」
穂乃は恐る恐る顔をあげ、石田の隣に立つ。
煌斗と一瞬、目が合う。穂乃の方からすぐに逸らしてしまう。
煌斗は仕事中なので本当にいつも通り。逆に感情が読めない。
石田「短期実習にきてくれてる桜庭さん。実は桜庭すみれさんのお孫さんなんですよ。神谷さん覚えてます?」
煌斗の目が一瞬だけ揺らぐ。
穂乃は驚いて石田と煌斗を交互に見る。
煌斗「はい。もちろんです。すみれさん覚えてます。面影ありますね」
その一言で穂乃の胸が強く跳ねた。
手の折り紙が指の間から落ちる。床に落ちた鮮やかな赤。
穂乃「……っ」※顔は驚きで真っ白。
穂乃(心の声)「……なんで……?煌斗さん、おばあちゃんのこと知ってたの……?」
穂乃は、揺れる瞳でじっと見つめる。
煌斗は視線をやんわり逸らし、穂乃と向き合わない。
石田「神谷さん、新卒の頃ここ担当してて。そのときすみれさんとよくお話ししてくれたんだ。桜庭さんも会ったことあると思うけど、覚えてないか」
穂乃は何も言えず煌斗を見つめ続ける。
穂乃(心の声)「知らなかった……。どうして……私には……言ってくれなかったの……?」
胸の奥で、驚きと混乱が渦を巻き始める。

柱:施設・正面玄関(夕方)
実習が終わり、穂乃が施設から出る。
雪の中、煌斗が立って待っている。
視線が合った瞬間、逃げるように反対方向へ歩き出す穂乃。
気づいた煌斗が、一歩踏み出す。
煌斗「穂乃ちゃん」
歩く速度が自然と早くなる。
煌斗「待って。……話を聞いてほしい」
落ち着いた中にある必死の思いに、穂乃は背を向けたまま立ち止まる。
煌斗「不安にさせて、ごめん。あの日も、今日のことも」
穂乃(心の声)「私が、我儘で、未熟で、だからダメなのに。煌斗さんに謝らせてしまった」※泣きそうになる。
穂乃(心の声)「だから、おばあちゃんのことも教えてもらえなかったのかもしれない」
穂乃「私は、いつも……知らないことばかりです」※震える声で振り返る。
煌斗はその場で、ゆっくりと頭を下げた。
煌斗「ごめん。だから……話をさせてください。全部、ちゃんと、説明したい」
雪が降る中で向き合う二人。数秒の沈黙のあと、穂乃は小さく息を吸う。
穂乃「……はい」
煌斗は頭をあげて車の鍵を静かに開けた。
煌斗「乗って。温かいところで話そう」
二人はゆっくりと歩み寄り、同じ車に乗り込んだ。

柱:煌斗の家・リビング
落ち着いた間接照明。黒を基調としたシックな家具。
グレーのソファには、無造作に置かれたブランケットと枕。
キッチンの棚には、調味料がきれいに整列している。
穂乃「すごく、きれい」
思わずこぼれた声は無意識だった。
車でも一言も話さなかったのに、場違いな発言に思わず口元に手を当てる。
煌斗「うん。まあ……長く一人だから住みやすいように整ったんだ」※柔らかく笑ういつも通りの煌斗。
穂乃はちょっとホッとする。
コートを脱ぎ、テーブルに置いてあるブランケットをそっと手に取る。
穂乃の肩に、優しくかけてくれる。
煌斗「座って。寒かっただろ」
穂乃が腰をおろすと、煌斗はキッチンへ歩きかけ、急に立ち止まる。
煌斗「飲み物温かい方がいいよね。あ、それか……お腹、空いてない?軽いもの頼む?」
いつもの大人の余裕とは違う、どこかぎこちない動作。
穂乃はそっと首を横に振る。小さく、ふるふる、と。
その仕草ひとつで、煌斗の動きがすっと止まる。
彼は一度だけ深く息を吸って、温かいお茶だけを持って穂乃の正面に腰を下ろした。
ブランケットに包まれた穂乃の指先をそっと見つめてから口をひらく。
煌斗「ちゃんと説明するね。不安にさせて、ごめん」
煌斗はゆっくりと言葉を選ぶように、テーブルの上で指を組んだ。
煌斗「穂乃ちゃんと会った日、運命かもって言ったの覚えてる?」
穂乃はうなずく。
煌斗「本気でそう思ったんだ。新卒のとき、穂乃ちゃんと、それから、すみれさんの姿にいつも救われていたから」
穂乃は息を呑む。
穂乃(モノローグ)『身に覚えのない言葉。でも煌斗さんが本気で言っていることは目を見ていれば分かって、私はただ続きを待つことしかできなかった』
煌斗「俺が新卒で営業部に配属されて、最初に担当した施設が、つむぎ園だったんだ」

回想:つむぎ園(6年前)
廊下で、スーツ姿の青年が項垂れている。
煌斗(モノローグ)『営業部署に配属されて3ヶ月。その日は、初めてひとりで任された定期訪問の日だった』
山崎「車椅子はこちらにありますので、よろしくお願いします」
煌斗「は、はい!よろしくお願いします!」
車椅子の前に膝をつく煌斗。
真剣にブレーキ周りを確認して、少しもたつく。
煌斗「あれ、ここおかしいですね。あれ……」
山崎「ブレーキ?ああ、これね昔のモデルだからここを押すと……」
山崎が突起を押し込むとブレーキが正常に働く。
煌斗「ありがとうございます」※焦った様子で
煌斗(モノローグ)『いま思えば、お客様に教えてもらうことなんてあって当たり前。実際使用している人の意見に学ぶことはいまでもある。だけど当時は、商社営業である自分がお客様に教えていただくのは勉強不足も甚だしいと自分を責めていた』
様々な場面で助けてもらいながらなんとか点検を終える。
山崎「ありがとうございました!」
煌斗「こちらこそありがとうございました。あの、次回はもっと円滑に行えるよう勉強し直してきます」
山崎「いいのよ、一緒に学んでいけば」
煌斗(モノローグ)『優しい言葉にもプレッシャーを感じて、俺はとても落ち込んでいた』

廊下で項垂れながら、ため息をつく煌斗。
そこにすみれが現れる。
顔を上げると、淡い藤色のカーディガンを羽織った小柄な女性がこちらを見ていた。
ふっくら優しい頬。微笑んでいる。
すみれ(80代)「あら。どうしたのこんなところに座って」※ふわっとした声色
煌斗「えっ、あ……す、すみません!!」
立ち上がろうとするが、すみれが手をひらひら振る。
すみれ「なんだか、落ち込んでるお顔ねえ。若い子がそういう顔してると……心がムズムズするわ」※そう言って、のんびり隣に座る。
煌斗(プロローグ)『仕事の外回り中だというのに、不思議と心がほぐれる瞬間だった』
煌斗「そんなに分かりますか?」
すみれ「分かるわよぉ。長いこと生きてきてるもの。しょんぼりしてる人の顔は、一目で見分けられるの」
ふにゃっと笑うその表情に、胸がすっと軽くなる。
ほんの少し頬を緩めてすみれさんと話始めた。
すみれ「今日はお仕事にきたの?」
煌斗「はい。介護用品の営業をしていて。せっかく初めて一人で任せてもらった仕事だったのに、思ったようにできなくて」※悔しそう
すみれ「最初から上手な人なんて、この世にいないわよ」※納得したように
煌斗「そう、なんですかね」
すみれ「ええ。わたしなんて、お料理を始めた頃は、毎日焦げだらけのものを並べてたわ」※くすっと笑う
煌斗も思わず笑う。
すみれ「でもね、頑張っている人はかっこいいのよ。悔しいって思ってる人はかっこいいの。だって悔しいって、頑張りたいってことだもの」
煌斗は黙ってすみれを見つめる。
煌斗(モノローグ)『仕事をはじめて、一番刺さった言葉だったと思う』
孫を見るように優しく笑う。
すみれ「わたしの孫もね、本当に頑張り屋さんなの。毎日報告してくれるのが可愛くてね」
煌斗「素敵なお孫さんですね」
すみれ「ええ、とっても可愛いのよ。ああ、そうね……どこかあなたにも似てるかも。落ち込むことがあっても頑張ろうって前を向けるところ。あなたみたいに、頑張りたいって目をしてるの」
それだけ言うと、ゆっくり立ち上がる。
すみれ「またお話ししましょうね」
藤色のカーディガンがふわりと揺れ、すみれはゆっくりと歩いていった。
煌斗(モノローグ)『穏やかで心が癒されたのを感じた。悔しい気持ちは頑張ることにつながるんだ。俺は、まだ頑張れるんだ。おばあちゃんにもらった言葉が胸にじんわり広がって、これからも頑張ろうって思えた』

柱:煌斗の家・リビング
穂乃はゆっくり深呼吸してから口を開いた。
穂乃「私にもよく言ってました。悔しいって気持ちは素敵だって。本当におばあちゃんだ」※驚きながらも祖母の話ができることが嬉しい
煌斗「初めて会った日、本当に、救われたんだ」思い返すように
煌斗「その後もね、訪問のたびに話してくれたんだ。大半はお孫さんの……穂乃ちゃんの話だった」※目があう。優しく愛しそうな目
穂乃「私……?」
煌斗「うん。自慢の孫なのよって、いつも言ってた」※穂乃が目を丸くする。

柱:つむぎ園・面会スペース・6年前
すみれは、面会室のソファに腰かけ、編み物の手を休めて煌斗に微笑む。
すみれ「うちの孫ねぇ……とっても優しい子なの。学校も頑張り屋さんでね……会ったら、きっと好きになるわよ」
※おっとり笑うすみれに、自然と肩の力が抜けていく新人の自分。
煌斗(モノローグ)『話を聞くたびに胸が温かくなった。すみれさんが話すお孫さんに対してもどんな子なんだろうって想像するのが楽しみで。いつか……会ってみたいとさえ思うようになっていた』
だけど、通院日と重ならず、会えることはないまま時間は流れていく。
煌斗(モノローグ)『すみれさんとの会話を胸に、プレゼンも、新規契約も、必死に頑張った俺は、2年目でつむぎ園の担当を先輩から引き継ぐことになった』
また会えたら、絶対に報告しようと心に決めて仕事に打ち込む日々。

柱:つむぎ園・病室
石田「神谷さん。桜庭さんとよくお話ししていましたよね。実はまた入院されることになって」
2年ほど通い、親しくなりつつあった石田さんに教えてもらう。
案内された病室。ベッドの上のすみれは、以前とは違っていた。
認知症が進み、視線は焦点を失って、反応も薄い。
初めて介護というものを目の当たりにした。
ショックを受ける煌斗。
煌斗「すみれさん。分かりますか?神谷です。この施設の担当になったんですよ」
そう声をかけると「はじめまして」と笑う。
昔と同じ柔らかな微笑みに涙が出そうになる。
煌斗(モノローグ)『悲しい。寂しい。それでも、業界で働くものとしてこの感情から逃げてはいけないと感じた。仕事の合間に病室に足を運ぶようになった』

柱:つむぎ園・病室の前(別日)
病室に向かう途中。小さくすすり泣く声が聞こえる。
角を曲がると、病室の扉にもたれて膝を抱える少女がいた。
制服姿。肩までの髪が震え、袖で必死に涙を拭っている。
穂乃(高校生)「泣くな、泣くな……っ」※言い聞かせるように
その姿を見た瞬間、煌斗は思わず立ち止まった。
煌斗(心の声)「もしかして……」
石田が気づいて、隣に立ち声をかける。
石田「ああ……ごめん神谷さん。あの子、すみれさんのお孫さんなんです」
煌斗「お孫さん……」※やっぱり。という目でもう一度穂乃に目を向ける
石田「今日、わからなくなっちゃったみたいで。穂乃ちゃんのことはずっと忘れることなかったんだけど」
煌斗(モノローグ)『その言葉は、重く胸に落ちた』
煌斗(心の声)「あれほど毎日、孫のことを嬉しそうに話していたのに……会うのが楽しみなのって笑っていたのに……その子を忘れてしまうなんて」
石田はため息を落とす。
石田「家族にとっては、本当に辛いですよ。こういう場面は慣れることはないですね」
煌斗「辛い……ですね」
石田は困ったように礼をして、その場を後にする。
煌斗は動くこともできず立ち尽くす。
煌斗(モノローグ)『俺に、してあげられることは何もない。自分のことのように辛くて苦しくてただ、みていることしかできなかった』
しばらくして少女は涙を拭き、深呼吸して、ぎゅっと顔を上げた。
そして、笑顔を作った。
煌斗はその姿を目を丸くして見つめる。
病室の扉へ向かって、もう一度中へ入っていく。
穂乃「おばあちゃんごめんねひとりにして。あのね、今日もすみれ持ってきたよ。綺麗でしょ」※声は揺れているけれど、笑顔のまま
すみれ「本当ね、綺麗だわ。ありがとうね」
煌斗(モノローグ)『「強くて、頑張り屋な孫なのよ」すみれさんの言葉が、穂乃ちゃんの姿に重なる。その日初めて実感を持って胸に刺さった』

柱:煌斗の家・リビング
煌斗「介護の現場には利用者さんだけじゃなく、家族の涙も、苦しさも、後悔も、全部ある」
穂乃、息を呑む。
煌斗「穂乃ちゃんの姿は、それに向き合う覚悟を俺にくれたんだ。尊敬してた。あの頃の俺にはできないことだったから」
穂乃「そんな、私だってただ必死で……ずっと泣いてたし」
煌斗は穂乃の言葉をやわらかく遮るように、首を左右に振る。
煌斗「分かってる。穂乃ちゃんは強くない。それでも必死に強くあろうとしてた」
穂乃は泣きそうになりながら、唇を噛む。
煌斗「その姿は、俺の気を引き締めてくれたんだよ」
煌斗は穂乃の肩を引き寄せ頭を撫でる。
穂乃の目から涙がこぼれ落ちる。
煌斗「介護事業は、こんな場面に何度も向き合うからこそ、本人だけじゃなく家族だって、後悔を少なく過ごせるようにしなきゃいけない」
少し息を整える。
煌斗「そのために出来ることを、俺は必ず形にしようって思った。いま俺が、仕事を頑張れているのは、あのときの穂乃ちゃんとすみれさんの姿があったからだよ」
穂乃「そんな……」※涙がぽとりと落ちる
煌斗はその涙をそっと親指で拭う。
頬に触れた指先を、煌斗はそっと離さずに、むしろ、さらにやさしく包み込む。
穂乃「私なんかを、って思ってたのに……こんなふうに言われたら、それはそれで見合ってない言葉だと思っちゃうし……。でも、嬉しいって思いたい気持ちも出てきちゃって。もう、どうしたらいいのか……分かんないです……」
涙声のまま、子どもみたいに正直に心をこぼしてしまう。
煌斗の表情が、それを受けてやわらかくほどけた。
煌斗「どうもしなくていいんだよ。その笑顔が見られるだけで」
その一言で、穂乃の喉がきゅっと鳴る。
距離が、ゆっくり近づく。
煌斗の額が、そっと穂乃の額に触れ、呼吸と呼吸が重なる。
緊張で穂乃は固まる。
穂乃「あの……煌斗、さん」
ふっと笑う煌斗。
煌斗「ん?今日は熱ないよね……」※甘く優しい声
指先が穂乃の頬をなぞる。
耳にかかる髪をゆっくりとすくって、後ろへ流す。
穂乃「……っ」
小さく震える穂乃を、煌斗は見逃さなかった。
唇が触れる直前で、一瞬だけ静止する。
穂乃の長いまつ毛が震える。
煌斗「好きだよ、穂乃ちゃん」
柔らかく唇が触れる。
穂乃の指先が、煌斗の胸元を掴む。
ふるえる肩ごと抱き寄せられ、息が少し漏れる。
穂乃「……ん……」
穂乃(モノローグ)『ぐるぐると考えていたのが嘘みたいに、まっすぐに彼の思いを受け入れていた』
離れた時、煌斗は穂乃のおでこにキスをひとつ落とす。
頬を指でなぞりながら、微笑んだ。
煌斗「もう、不安にならなくていいよ。色々話しちゃったけど、俺は、君が思ってるよりずっと……本気で、穂乃ちゃんのことが好きだから」※少し恥ずかしそうに
穂乃「はい……!」※涙と笑顔が混ざった声。
穂乃の胸に溜まっていた不安が、音もなく溶けていく。
おばあちゃんと重なるような純粋で癒し系の笑顔が溢れる。
穂乃「……私も好きです、煌斗さん」
小さくて、でも確かな声。
煌斗の手がまた彼女を包み込む。
煌斗「すみれさんそっくりの笑顔でそんなこと言われると、すみれさんに見られてる気がして迂闊に手出せないな」※笑いながら
穂乃「何言ってるんですか」※楽しそうに笑う
夜の雪がいつの間にか雨に変わり、季節が、ほんの少しずつ春へ動き出している。
穂乃「もうすぐ春が来ますね」立ち上がって窓に寄る。少し不安。忙しくなるから。
穂乃を追いかけて隣に立ちやわらかく笑う。
煌斗「春から、俺も忙しくなりそうなんだ。大きい案件が入ってて」
穂乃「そうなんですね……」※少し寂しそうな声
煌斗は、穂乃の指をそっと包み直す。
煌斗「そう。だから、穂乃ちゃんはもっとわがままになってね」
穂乃「わがままに……?」
煌斗「寂しい時、会いたくない時、会いたい時。全部わがままに伝えてね。近くにいれないと気付けないときもあると思うから」
穂乃「えー……」※気難しい顔
煌斗が笑いながら頬をつまむ。
煌斗「目の前にいたらこんなに分かりやすいんだけどな」
穂乃「煌斗さんも、わがまま言ってくれるなら、頑張ります」
煌斗「俺はいつもわがままだよ。会いたいときに会いに行くもん」
笑い合う。
穂乃(モノローグ)『春になったら、3年生。実習も勉強もきっともっと大変になる。でも、煌斗さんのおかげで、不思議なくらい、怖くなくなった』

第8話終
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