想いと共に花と散る
 新撰組の中で隊が作り出され、季節が一つ進んだ頃。屯所は壬生の八木邸から、ほど近い前川邸へと移されていた。
 理由は単純で、そして現実的だった。――人が増えたのだ。
 隊士の数は徐々に増え、見回りの頻度も上がった。
 以前のように一つの屋敷で全てを賄うには、手狭になりすぎていたのである。
 前川邸は、八木邸に比べて広く整っていた。部屋割りが決められ、隊ごとに集まる場所が定まり、誰が何処に属しているのかが一目で分かる。
 それは、もう「寄り集まった浪士達」ではない、という証だった。

「変わったなぁ……」

 誰にも聞かれない独り言が青空の下に消えていく。
 隊分けがされ、壬生浪士組からの顔なじみは組長として幹部になった。それは部下を持つ立場になったということであり、近頃はまともに会話すらできなくなっている。
 それが新選組にとってあるべき姿だと納得している反面、寂しくもあった。

「雪」

 縁側に座って黄昏れている時、不意に耳馴染みのある声で名を呼ばれた。顔を上げると、沖田がこちらに手を振っている。
 今日は市中見回りの日。いつの日からか、雪は見回りにも同行するようになっていた。
 そんな今日は、沖田の隊と共に市中の見回りへ行くのである。

「行くよ」
「うん」

 返事をして駆け寄ると、沖田はこれまでの変化を感じさせない微笑みを向ける。
 今や幹部として扱われる彼らだが、雪にとっては壬生浪士組と名乗っていた頃からの変わらない仲間のままだった。そして彼らも、そうであろうと務めている。

「今日は、表通りを中心に見回る。変に目立たないようにね」

 沖田が軽く言う。冗談めいているが、その目は真剣だった。
 その目を見つめる雪は、ぐっと奥歯を噛み締める。京の治安を守るための大切な任務であるという責任が、改めて重く伸し掛かったのだ。

「あっはは、緊張してる? ほら、肩の力を抜いて」
「う、うん……」

 浅葱色の羽織を風に靡かせて、すぐ隣に立った沖田はぽんっと雪の背中を叩く。
 何気ないその仕草が、ほんの少しだけ雪の緊張を和らげた。

「総司君は、変わらないね」
「え?」

 そんな言葉が口を突いて出る。自分でも何と言ったのか、すぐには理解できなかったほど無意識だった。
 はっと我に返って沖田の顔を見ると、彼はぽかんと口を開けて固まっている。
 その姿を見て、自分はとんでもないことを言ってしまったのだと焦りが募った。

「う、あ……ご、ごめんなさい! 変なこと言って───」
「───……変わりたくないんだよ」
「え……?」

 その声は、風に乗って何処かへと飛ばされてしまうくらい小さなものだった。

「変わってしまったら、全部思い出せなくなる。だから、ずっと変わらないでいてほしいって……そう思っているんだよ」

 何を思ってその言葉を雪に向けたのか、沖田はそれ以上何も言わない。
 浅葱色の背を向けた沖田は、隊士を引き連れて頓所の門を出る。雪は、そんな彼の背中を追いかけるだけしかできなかった。
 新選組として認められてから、京の町の視線は確実に変わった。
 好奇と警戒が入り混じった、重たい視線。それを背中に感じながら、一行は町へと出た。
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