想いと共に花と散る

正しさ

 屯所に帰り、雪は沖田と別れて厨へと向かった。
 沖田は、小夜から聞いた噂話中心に市中の見回りの報告をしに近藤の部屋に行く。
 たとえその噂を横で聞いたとしても、雪が沖田と共にその部屋に入ることは許されなかった。
 
「……小夜………」

 恐らく、沖田は小夜の存在を伏せて近藤達に辻斬りの話を持ちかけるはずだ。
 それは本人を巻き込まないため。あくまでも小夜は甘味処の看板娘、噂話は小耳に挟んだだけなのだ。

(小夜はどうして、私にあんなことを聞いたんだろう……)

 新撰組内にいるかもしれない裏切り者と同じ屋根の下にいること、小夜はそんな状況下に置かれる雪の身を案じた。
 彼女のその心配に隠れている違和感を雪は感じ取ったのである。
 ただの友人という関係性で、小夜が雪の身の上に小言を挟む必要など、本来であれば必要ないはずなのだ。
 小夜は何かに怯えている。隣で辻斬りの話をする彼女の様子を見ていれば、自然とそう考えてしまう。

(今度、もう一度小夜の所に顔を出そう。まだ、何か知っているかもしれない)

 考えることを作業に押し込めようとした、その時だった。
 低い笑い声が、厨の外から漏れ聞こえた。

「……だから言ってるだろ。あんなの、いつまでも置いておくもんじゃねぇ」

 握っていた包丁が手の中から滑り落ちる。甲高い音が厨の中に響き渡った。
 それと同時に、厨の外から複数人の話し声が近づいてくる。
 聞き覚えのない声ではない。新撰組となってから増えた一般隊士の声だ。

「小姓だなんだって言ってもよ……結局、ガキじゃねぇか」
「しかも、幹部からは妙に庇われてる。副長のお気に入りってやつか?」

 一人の言葉にくぐもった笑いが続く。
 雪は包丁を拾い上げることもできず、ただその話し声が聞こえることに身を委ねた。

「……女みてぇだって話も聞いたぞ」
「はは、だからか。夜の見回りにも出さねぇわけだ」

 その瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。
 ――違う。
 何かが、違う。
 単なる軽口ではない。その声音には、明確な棘があった。

「組が“新撰組”になったってのにさ」
「情で人を置くようになったら終わりだろ」

 彼らが誰の話をしているのかなど想像に容易い。だからこそ、聞いてはいられなかった。

「……っ………」

 周りの音という音が消え、聞こえるのは彼らの心無い陰口ばかり。

「てめぇら、少しは声を抑えろ。誰かに聞かれちゃまずい」

 そんな声すらも雪の耳には届いてしまう。彼らに存在を知られていないことが裏目に出ていた。
 今すぐにでも厨を出て、彼らに反論の一つや二つできる強さがあれば。
 できもしない考えが浮かぶ。考えたとて行動に移せないことくらい自分自身が一番よく分かっている。
 恐らく、彼らは稽古終わりなのだろう。話し声は厨に程近い縁側の辺りで一定の音量に留まった。
 ひそひそと続けられる彼らの話に、低く抑揚の少ない別の声が重なる。

「別に聞かれたって問題はないだろう。俺達がしているのは……組の規律の話だ」

 雪の心臓が強く脈打った。
 その声は、昼間の見回りで何度か聞いた覚えがある。
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