想いと共に花と散る
 振り返ろうとすると、耳を塞いだまま制される。
 まるでこの世の全てから目を逸らさせるように、その人物は雪の身体をそっと自身に抱き寄せた。

「そっ、総司……君………?」

 名を呼んでも返事はない。
 ただ、沖田は雪の身体を離さないように背後から抱き締めた。
 長い沈黙の後、沖田はゆっくりと口を開く。それと同時に、抱き締める力が強まる。

「大丈夫。何も言わなくていい、何も聞かなくていい」

 しばらくして、沖田は小さく息を吐いた。力が抜けたのか、抱き締められていた腕の力が緩む。
 
「……雪。ここ、寒いでしょ。土方さんの部屋に火鉢があるから暖まりに行こうよ」

 背後から沖田が顔を覗き込んできたことで、彼の髪が頬に当たる。
 擽ったさを感じながらも、雪は沖田の腕に触れた。

「えっ……? で、でも……」
「“でも”は禁止」

 雪の戸惑いに沖田は間髪入れずに言う。
 身体を離し、着ていた羽織を脱ぐと雪の肩にそっと掛けた。
 いつもと変わらない笑顔を浮かべている沖田だが、深い怒りを腹の底に押さえ付けている。
 そんな彼の怒りを感じ取り、雪は素直に彼の羽織に身を隠した。

「君がここにいる理由は、これ以上ないから。……ここからは、俺の仕事」

 沖田は雪の手首を優しく取ると、厨の奥ではなく外へと続く戸口へ導いた。
 足取りは急がせない。だが、確実に厨へは戻らせない歩き方だった。
 外へ出ると宵闇が広がり、肩に掛けた羽織の裾を夜風が広げる。
 手を引かれるままに歩くと、沖田は屯所の裏へと回った。縁側には先程の隊士達がいるため、雪を彼らと接触させないためだろう。

「土方さんの部屋の場所は分かるよね」
「う、うん……」
「風邪を引かないように、暖まるんだよ」
 
 そう言うと、雪の肩から羽織を取り着直す。
 雪の返事など聞かないまま、沖田はその場から踵を返した。
 歩調は静か。しかし、その足取りは重々しく、一歩一歩が深く地に沈み込まんばかりである。
 沖田が向かうは先程は避けて通らなかった縁側。自身の部下がいるであろう場所だ。

「ねえ」

 沖田の声が夜の闇の中で確かな形を作り出す。
 随分と話に夢中になっていたらしい隊士達はその時ようやく沖田の存在に気が付き、揃って視線を向けた。

「組長、ちょうどいい所に」

 隊士の中の一人がやけに楽しげな明るい声音で言う。
 その声を聞いても沖田は何も言わず、一歩彼らへと近づいた。
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