想いと共に花と散る
 黒衣の男は、音もなく近藤の前に膝を着いた。
 背筋は真っ直ぐ、視線は伏せ気味。だがその存在だけが、場の空気を一段張り詰めさせる。

「雪君には紹介していなかったね。彼は、監察方の山崎烝君。組の内外の探索を任せているんだ」
「ああ、君が例の……」

 山崎という忍のような男は、近藤の言葉で気付いたとばかりに土方の隣りに座っている雪を見た。
 頓所の中で一度も見たことのない男だが、彼も雪の存在を知っている。
 今や雪は「あの鬼の副長の小姓」として一躍有名になっていた。

「彼を呼んだのは他でもない。新撰組にいる裏切り者の正体を暴くために、此度より監察方にもこの事案を任せることにしたんだ。山崎君、何か辻斬りについて掴んだことはあるか?」

 座敷の中は静寂が満ち、誰も口を開こうとはしない。
 近藤の問いに、山崎は一拍置いてから顔を上げた。感情の薄い目が、幹部一人一人を静かになぞる。

「現在確認できる件数は三四件。その内、被害に遭い犠牲になったのは七名。いずれも夜間、人気のない路地で発生しています」
「手口は?」
「刀傷は浅く、急所は避けています。決まって背中に傷があり、背後から襲ったものかと。命を落とした者達は、恐らく背中に一太刀浴びた後、取っ組み合いになり致命傷を受けたものだと思われます」

 淡々と語られる状況報告に辺りの空気は一段重くなった。
 皆の表情に影が落ち、口を開くことすら憚られる。視線は、表情を変えない山崎へと向けられている。
 一瞬間を開けた後、山崎は声を落として言った。

「見せしめ……あるいは、噂を広げるための行動かと」

 誰かの奥歯を噛み締める鈍い音が聞こえた。
 小夜から聞かされた噂は、やはり只事ではないのだと思い知らされる。
 
「殺しが目的じゃねぇってか」

 眉をひそめた原田が吐き捨てると、山崎の視線が彼に向かう。

「目的の一つは民衆に恐怖を与えることでしょう。名が広まれば、それだけ多くの者に承認され欲が満たされる」
「自己中心的な考えだな……」

 怪訝なお面持ちで藤堂が呟いた。雪も言葉にはせずともその考えに同感する。
 誰しも人間であれば少なからず持ちうる本能、承認欲求。
 武士としての身分が大いに重視されるこの時代、武士であることに誇り持っていたはずが、いつからか周りを振り向かせたいという欲を満たすための“手段”となる。
 それに振り回された者が辿り着いた末路が、辻斬りであるという可能性が一つ。

「そしてもう一つは、復讐心によるもの」

 感情による抑揚のない声音で言った山崎の表情が微かに変わった。
< 152 / 267 >

この作品をシェア

pagetop