想いと共に花と散る
 三条大橋に差し掛かろうとした時、土方一行の前に小さな人影が現れた。
 立ち止まった土方達の元に、その人影は駆け出す。距離が縮まるごとに人影は月明かりで全貌を露わにした。

「小夜!?」
「沖田君!」

 何がどういうわけか、土方にとっては見ず知らずのはずの少女と沖田が知り合いのようだ。
 彼だけではなく、藤堂ですらわざわざ離れた所から駆けつけてくる。
 小夜と呼ばれた華やかに着飾った少女は、涙を溜め込んだ目を向けて沖田に縋り付いた。

「た、たす……助けて! お願い、助けて……」
「待って、何があったんだ。こんな時間に一人で、雪はどうした?」
「雪が、雪が……辻斬りに襲われたんや!」
「なんだと?」

 小夜が沖田の着物の袖を引き、下駄を履いているとは思えない速さで三条大橋を駆け抜ける。
 露店の片付けをしていた老人の言う通り、雪達は河原に行っていたようだ。
 橋を渡り、小夜が向かうのは河原を通って橋の下。月明かりの届かない暗く湿った場所だ。
 目を疑った。寝惚けているのかと思ってしまうくらい、その光景は想像を絶するもの。
 身体から血の気が引いていくのを感じた。 

「雪! おい、雪!」
「……っ………そ、……じ、く……」

 橋の下にいたのは、血だらけ泥だらけで草の上に蹲る土方の小姓。
 
「小夜。お前ら、何処で何してたっ!?」
「やめろ、平助。彼女を責めたとて、何の意味もない」

 今にも小夜に掴み掛からん勢いで声を荒げる藤堂を斎藤が制し、沖田はボロボロに傷ついた雪を前に正気を失っている。
 まともな思考回路を持っているのは、この場では土方ただ一人であった。

「雪、俺が分かるか?」
「……ひ、か……た……さ………」
「もう大丈夫だ。すまんが斎藤、首巻きを貸してくれ」
「はい」

 斎藤から首巻きを受け取り、割れて血が流れる額に当てるとぐるぐると巻き付けて止血する。
 視界を塞がれたことで身体から力が抜けたのか、雪は土方の胸元に力なく身を委ねた。
 
「平助、屯所に戻って山崎を呼んでおいてくれ」
「あ、ああ。分かった!」

 腕の中で完全に気を失った雪を抱き寄せ、土方は冷静に今の状況を整理する。
 雪は、額の打撃傷、両頬の腫れと口内の出血、袖を捲れば無数の擦り傷やら切り傷を負っていた。
 到底自分自身の不注意で着いたものだとは思えない。小夜の言う通り、辻斬りという名の新撰組を裏切った者達の仕業だろう。

「……帰るぞ」
「待って下さい」

 驚くほど軽い雪の身体を抱え立ち上がると、ふいに屈んでいた沖田が呼び止めた。
 雪を落とさないようにしっかりと支え、足元にいる沖田を見やる。

「俺が、運びます」
「そうか」

 土方がそう返すと、沖田は立ち上がり雪を優しくも確かに抱き寄せた。
 そのまま斎藤と共に橋の下から出ていく。夜空の下に出た二人を月明かりが鈍く照らした。
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