想いと共に花と散る
 二人の後ろ姿を眺めながら、土方は周囲に漂う血の匂いに表情を歪ませる。
 刀傷がなかったということは、端から辻斬りは雪を殺すために襲ったわけではないということ。
 では、何故雪はあんなにも傷ついていたのか。

「土方さん、でしたっけ」

 その理由を知るのはこの娘しかいない。

「お前は、小夜だったか」
「そうです」
「何故、雪を呼び出した」

 あれだけ雪は傷ついていたというのに、この少女は傷どころか着物に汚れの一つも付けていない。
 聞かずとも理由は分かっていた。それでも問うのは、本人の口から白状させたいという怒りである。
 まるで見せつけるかのように、少女のふっくらとした唇には紅が塗られていた。
 
(俺ぁ、あいつに好きな色の着物の一つも着せてやれねぇのに……)

 自身の小姓が本来であれば持っているはずのもの、持つべきものを持ち得るこの少女が今は目障りでしかなかった。

「最初から雪を騙すつもりだったんだろう」

 その一言で小夜の表情が一変し、絶望に肌が青白くなる。
 冷や汗を浮かべて、微かに揺れる瞳で小夜は土方を見つめた。
 一瞬目が合うと、土方は小夜から目を逸らす。その仕草が、小夜に強い打撃を与えた。

「正直なことを言えば、俺からしてみればお前の事情なんざどうでもいい。が、あいつがお前を放っておくのは許さんだろう」
「えっ……?」
「俺はこれまでに碌でもねえ人生を歩んできた人間を何人も見てきた。だから分かる。お前はずっとマシな人間だってな」

 怒りを感じないわけではない。相手が年若い娘でなければ、もしかすればこの瞬間にでも腰に下げている刀で斬り殺していたかもしれない。

「お前はあいつの友達なんだろう。なら、俺は小姓であるあいつの主としてあいつの意思を尊重するさ」

 雪は、きっと小夜の無事を何よりも望むだろう。
 あんなにもボロボロになるまで傷ついたのも、小夜が一切傷ついていないのも、全ては雪が友達を守りたいと思ったからこそ。
 ずっと誰かに守られてばかりの自分に劣等感を抱き、そして強くなりたいと願ってきたのだ。
 今夜はその決意が実った日でもある。

「どうするかは、お前達次第じゃねぇか」
「……っ………ありがとう、ございますっ………」
「何に礼言ってんだ。もう遅せぇから、さっさと帰れよ」

 そう言い残し、土方は小夜に背を向けて歩き出す。
 
(………笑えてた、か?)

 橋の下から出て河原を進みながら自身の顔に触れる。
 無理矢理釣り上げた口角は、引き攣り筋肉が悲鳴を上げていた。
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