想いと共に花と散る
その日以降、屯所で山南の名が出ることはなかった。
まるで最初から存在しなかったかのように、帳場の空気も、廊下の音も、以前と変わらず流れていく。
山南は、局中法度に「局を脱走するを許さず」に背き、罪人として処罰された。
掟の上で生きる限り、破れば罰が与えられる。それが世の中の理だ。
雪は、そう痛いほどに理解しているからこそ、山南の死が何よりも堪えた。
誰も泣かない。誰も怒らない。誰も間違いだったとは言わない。
新選組は、今日も正しく在り続けていると心から信じているのだ。
(……正しさって、こんなに冷たかったっけ)
ふと、庭先に視線をやる。
いつも山南が立っていた場所。隊士達を眺めながら、静かに微笑んでいた場所。
そこにはもう、誰もいない。
雪は気づいてしまった。
山南がいなくなったのではない。“いなかったことにされている”のだと。
だから、探しても見つからない。思い出しても、共有できない。
それでも、確かに雪の中には残っている。
雪が壬生浪士組へ来たばかりの頃に、強さとは何かを教えてくれたあの日。
最初で最後の春に優しく名前を呼んでくれた瞬間。
名簿の余白や視線がすれ違ったあの瞬間。最後に交わした、意味のない会話。
それらが、消えずに胸の奥に沈んでいる。
(私が覚えていれば……知っていれば……っ)
そう思った途端、喉が詰まった。
覚えていることさえ、許されない場所で生きているのだと、理解してしまったから。
夕刻、空が茜に染まる。
いつもと同じ景色。いつもと同じ一日。
だが、雪の世界は確かに欠けていた。未来を知っているはずの雪が何もできず、最初から定められていた運命に素直に従っている。
「なんで、私は………この時代に来たの?」
もしも、神という存在がこの世に存在するのならば。
神は何を思って、雪華という少女をこの時代に迷い込ませたのだろうか。
壬生浪士組と出会わせ、新撰組の歴史を間近に体験させるのだろうか。
何もできないのに、彼らの傍にいることに何の意味があるのだろうか。
「……っ、もっと、話せばよかった……」
もっと話していれば、もっと傍にいて違和感に気づけていれば。
山南は移り変わる時代に置いて行かれることもなく、今もここにいられたのだろうか。
名を呼ばれず、悼まれず、それでも確かに存在していた人。
その重さを抱えたまま、雪は今日も屯所の中を歩く。
薄れていく名を、自分の中だけで必死に繋ぎとめながら。
まるで最初から存在しなかったかのように、帳場の空気も、廊下の音も、以前と変わらず流れていく。
山南は、局中法度に「局を脱走するを許さず」に背き、罪人として処罰された。
掟の上で生きる限り、破れば罰が与えられる。それが世の中の理だ。
雪は、そう痛いほどに理解しているからこそ、山南の死が何よりも堪えた。
誰も泣かない。誰も怒らない。誰も間違いだったとは言わない。
新選組は、今日も正しく在り続けていると心から信じているのだ。
(……正しさって、こんなに冷たかったっけ)
ふと、庭先に視線をやる。
いつも山南が立っていた場所。隊士達を眺めながら、静かに微笑んでいた場所。
そこにはもう、誰もいない。
雪は気づいてしまった。
山南がいなくなったのではない。“いなかったことにされている”のだと。
だから、探しても見つからない。思い出しても、共有できない。
それでも、確かに雪の中には残っている。
雪が壬生浪士組へ来たばかりの頃に、強さとは何かを教えてくれたあの日。
最初で最後の春に優しく名前を呼んでくれた瞬間。
名簿の余白や視線がすれ違ったあの瞬間。最後に交わした、意味のない会話。
それらが、消えずに胸の奥に沈んでいる。
(私が覚えていれば……知っていれば……っ)
そう思った途端、喉が詰まった。
覚えていることさえ、許されない場所で生きているのだと、理解してしまったから。
夕刻、空が茜に染まる。
いつもと同じ景色。いつもと同じ一日。
だが、雪の世界は確かに欠けていた。未来を知っているはずの雪が何もできず、最初から定められていた運命に素直に従っている。
「なんで、私は………この時代に来たの?」
もしも、神という存在がこの世に存在するのならば。
神は何を思って、雪華という少女をこの時代に迷い込ませたのだろうか。
壬生浪士組と出会わせ、新撰組の歴史を間近に体験させるのだろうか。
何もできないのに、彼らの傍にいることに何の意味があるのだろうか。
「……っ、もっと、話せばよかった……」
もっと話していれば、もっと傍にいて違和感に気づけていれば。
山南は移り変わる時代に置いて行かれることもなく、今もここにいられたのだろうか。
名を呼ばれず、悼まれず、それでも確かに存在していた人。
その重さを抱えたまま、雪は今日も屯所の中を歩く。
薄れていく名を、自分の中だけで必死に繋ぎとめながら。