想いと共に花と散る
───この男は危険だ。
彼もまた、落ち着いた参謀らしい態度を取っている。しかし、そこにあの男のような優しさはない。
山南敬介。雪にとって山南とは、己の強さを教えてくれた人であり、憧れの人であった。
「……どうされました?」
「えっ?」
「いえ、随分と熱心な視線を感じましたから、つい。そんなに驚かないでくださいまし」
「は、はあ……」
ホホホと何とも雅な笑い方をしながら伊東は雪に背を向けた。
「………」
雪を見る狐のように細い目には、光がなければ生気もない。
ただ、目の前の獲物を睨め付ける獣。草むらに身を潜める猛獣の如く鋭い目であった。
伊東の背が遠ざかるにつれ、胸の奥に残されたざらつきだけが消えなかった。
言葉遣いは丁寧で、態度も穏やかだ。それなのに、何故だか呼吸が浅くなる。
——戦が始まる。
誰かがそう呟いたのを、雪は確かに聞いた。
第一次長州征伐。その名は、書物の中でしか知らなかったはずの出来事だったのに、今はすぐ背後まで迫っている。
人が動き、命が動き、そして、その中心にあの狐のような男がいる。
雪はぎゅっと拳を握った。
もう、この場所は安全なところではない。
そう悟った時、彼女は初めて「新撰組が戦に向かう」という意味を肌で理解したのだ。
「……山南さんは、あの人のことをどう思っていたんだろう」
ふと、そんな疑問が口をついて出た。
もう何処にもいないのに、今でも気を抜けば彼の言葉が脳裏に過る。
『貴方は強い。その強さを見失わずにいられたら、きっと誰も敵いませんよ』
もしも、あの春の前から彼の中に“置いていかれている”という思いがあったのなら。
否、任務中に二度と刀を振れなくなるほどの怪我を負わなければ、何か変わったのだろうか。
「せめて、返事くらいすればよかったなぁ……」
やけに静かな前川邸の廊下を覚束ない足取りで進み、雪はぽつりと呟く。
あの日、桜吹雪が舞う中で山南が掛けてくれた言葉に、何も答えられなかった。
そう言った山南がやけに悲しげな目を向けたから、笑うことも答えることもできなかったのである。
(分かんなくなっちゃったのかな、自分の居場所が)
怪我を負い、前線から離れた山南にとって、総長という肩書だけが新撰組に残り続ける理由だったのだとしたら。
山南は、後から新撰組にやって来た伊東によってその立場を奪われた。
先へと進む新撰組と、立ち止まらざるを得なかった山南。
両者はすでに相反し、時代の奔流に呑み込まれてしまったのだ。
居場所を奪われた山南には、もう何も残されていなかったのだろうか。