転生した赤ちゃん皇女さまは家族のために暗躍します~冷酷皇帝一家の天才幼女がどんな事件も解決でしゅ!~
15.無貌の賢者
真夜中の寝室に戻り、私はモナックに詳しく説明する。
シャルウッドは薔薇科アレルギーなのではないか、と。
私の観察したところ、シャルウッドの症状が出るのは飲食の後だった。
桃のジュースとか……もちろんそれだけではない。
薔薇科の食べ物はリンゴ、梨、チェリー、桃、プラム、イチゴ、アーモンドなど。
もちろん薔薇科の花粉にもアレルギーは反応する。
しかし一般的に、薔薇は冬に咲いたり実ったりしない。
だから冬は安定するのではないだろうか。
『にゃーん……アレルギーっていうのは、特定の物を食べると体調が悪くなるってことにゃ?』
『そうなんでしゅ! ……ちなみに普通の猫もチョコやオニオンは食べれないでしゅよ』
これは成分の問題なのでアレルギーとは全然違うのだけれど。
説明のために簡略して伝えると、モナックは重々しく頷いた。
『あたしも人間の食べ物には注意するよう、他の猫によく指導するのにゃ。人間も同じような人が稀にいるんにゃね』
『それで問題はどうするか、でしゅけど……』
この世界ではアレルギーが知られていない。
シャルウッドにどう伝えればいいのか。問題はそこだ。
(本当にアレルギーなら、薔薇科を控えればすぐに症状は出なくなるはずでしゅが……)
ごくりと私は息を呑む。
人づては不確実で、ちゃんと意図が伝わるかどうか。
作戦は思い付いたが、そこそこ危険。でも、やるしかない。
その夜、ソーニャから一枚の布と紐をもらって私たちはこっそーり、シャルウッドの寝室に向かった。
もちろん正面から突撃するのではない。そんなことは不可能だ。
私とモナックは皇宮の外壁に貼りついていた。
窓際、壁際、ベランダ際ぎりぎりの移動である。
映画で見たやつだ! とテンションが高くなったのだけれど……なんと今夜は大雨であった。夏の嵐というやつである。
「にゃにゃにゃー!」
風と雨で大変なことになりながらモナックが進む。
まさかこんな日に皇宮の壁を進む人間がいるとは思わず、警備は緩い。
『毛並みが大変なことになってるにゃん!』
『まぁまぁ、後で直してあげましゅから』
ぺたぺた。身体強化の魔法を習得した私は超人的な能力でシャルウッドの部屋に迫る。
ふむ、ふむむ。壁の彫像を片手で掴みながら――窓を数えて。
ひとつ、ふたつ……目の前のみっつめ。合っているはず。
『ここからどうするのにゃ』
私はソーニャに用意され、背負っているバッグを指差す。
『まぁ、見てるでしゅ』
◆
その日、シャルウッドは夕食を食べた後の不調で寝込んでいた。
意識はしっかりとしており、喉だけが苦しいのだが。
この原因不明の不調はいつまで続くのだろう……勉学も必死になって進めているけど、最近は遅れがちになっている。
魔法に至っては目も当てられない――元々の魔力量は大差ないはずだったが、今ではボルツのほうが技術的には上だ。
「はぁ……」
このままだとどうなってしまうのか。体調不良と心配事のせいで眠れない。
ごろりとベッドの中で寝返りを打つ。
「にゃーん」
なにやら窓の外から猫の愛らしい声がする。
今夜は大雨なのに、どういうことだろうか。
ヘイラル帝国では皇室の守護神モナックを始めとして、猫への敬愛が強い。
もちろんシャルウッドも例外ではなく、むくりと起き上がる。
「にゃうーん……」
「やっぱり外から?」
鳴き声は間違いなく、窓の外からだった。
だがここは三階で、しかも大雨。
確認しなきゃと思ったシャルウッドが起き上がり、寝室の窓を開ける。
そして窓際から左右を見渡してみて――。
「えっ……?」
シャルウッドは信じられないものをそこで見た。
白い布で顔を覆い、ひょろりとしてマントを羽織った人物。
雨が打ち付ける中で、シャルウッドの頭に思い浮かんだのは無貌の賢者だった。
「こ、これは……?」
こんな大雨で奇妙な形で壁に貼りつきながら。
あり得ない。夢の中にいるのだろうか。
シャルウッドが目を擦ると、無貌の賢者の腕が動く。
びくりとのけぞると、腕は何やらリンゴを取り出した。
「ええと……どうしてリンゴ?」
無貌の賢者がそれから手振りで何かを伝えようとしている。
指らしいものを立てて、首を振る。うーん……?
そう、リンゴは間違いないのだけれど意味が良くわからない。
少しして無貌の賢者がかくっとうなだれた。可愛らしい。
これは多分、怪物や悪魔の類ではない気がしてきた。
やがて無貌の賢者の腕が空中でぐりぐりと動く。
指先には強烈な魔力の光が凝縮されていた。自分やボルツとは比べ物にならない。
シャルウッドの魔法教師と同じか、それ以上の高密度の魔力だった。
じっと見つめていると腕が動いて空中に文字が書き上がっていく。
赤い魔力の文字……シャルウッドは目をこらして、文字を読む。
『リンゴ、梨、チェリー、桃、プラム、イチゴ、アーモンド、薔薇を避けること。君にとってこれらは毒だ』
にわかには信じられない内容だった。
でも、とシャルウッドは思う。今夜も夕食のデザートは冷えた桃だった。
「……本当なんでしょうか?」
こくこくと無貌の賢者は頷く。うーん、信じるべきなのか。
理性が戻って冷静になってきたシャルウッドが腕を組む。
よくよく考えると、この状況はかなりおかしい。
「あなたはどこからそんなことを――えっ!?」
シャルウッドが再び無貌の賢者へ顔を向けると、猛烈な魔力の光が襲ってきた。
太陽を直視したような、目を開けていられないほどの光。
光はすぐに止まったのだが、そこには何もなかった。
「いない……っ!」
人そのものはおろか、布もマントも消えている。
左右や下、上も覗いてみるが……無貌の賢者は忽然といなくなっていた。
シャルウッドは薔薇科アレルギーなのではないか、と。
私の観察したところ、シャルウッドの症状が出るのは飲食の後だった。
桃のジュースとか……もちろんそれだけではない。
薔薇科の食べ物はリンゴ、梨、チェリー、桃、プラム、イチゴ、アーモンドなど。
もちろん薔薇科の花粉にもアレルギーは反応する。
しかし一般的に、薔薇は冬に咲いたり実ったりしない。
だから冬は安定するのではないだろうか。
『にゃーん……アレルギーっていうのは、特定の物を食べると体調が悪くなるってことにゃ?』
『そうなんでしゅ! ……ちなみに普通の猫もチョコやオニオンは食べれないでしゅよ』
これは成分の問題なのでアレルギーとは全然違うのだけれど。
説明のために簡略して伝えると、モナックは重々しく頷いた。
『あたしも人間の食べ物には注意するよう、他の猫によく指導するのにゃ。人間も同じような人が稀にいるんにゃね』
『それで問題はどうするか、でしゅけど……』
この世界ではアレルギーが知られていない。
シャルウッドにどう伝えればいいのか。問題はそこだ。
(本当にアレルギーなら、薔薇科を控えればすぐに症状は出なくなるはずでしゅが……)
ごくりと私は息を呑む。
人づては不確実で、ちゃんと意図が伝わるかどうか。
作戦は思い付いたが、そこそこ危険。でも、やるしかない。
その夜、ソーニャから一枚の布と紐をもらって私たちはこっそーり、シャルウッドの寝室に向かった。
もちろん正面から突撃するのではない。そんなことは不可能だ。
私とモナックは皇宮の外壁に貼りついていた。
窓際、壁際、ベランダ際ぎりぎりの移動である。
映画で見たやつだ! とテンションが高くなったのだけれど……なんと今夜は大雨であった。夏の嵐というやつである。
「にゃにゃにゃー!」
風と雨で大変なことになりながらモナックが進む。
まさかこんな日に皇宮の壁を進む人間がいるとは思わず、警備は緩い。
『毛並みが大変なことになってるにゃん!』
『まぁまぁ、後で直してあげましゅから』
ぺたぺた。身体強化の魔法を習得した私は超人的な能力でシャルウッドの部屋に迫る。
ふむ、ふむむ。壁の彫像を片手で掴みながら――窓を数えて。
ひとつ、ふたつ……目の前のみっつめ。合っているはず。
『ここからどうするのにゃ』
私はソーニャに用意され、背負っているバッグを指差す。
『まぁ、見てるでしゅ』
◆
その日、シャルウッドは夕食を食べた後の不調で寝込んでいた。
意識はしっかりとしており、喉だけが苦しいのだが。
この原因不明の不調はいつまで続くのだろう……勉学も必死になって進めているけど、最近は遅れがちになっている。
魔法に至っては目も当てられない――元々の魔力量は大差ないはずだったが、今ではボルツのほうが技術的には上だ。
「はぁ……」
このままだとどうなってしまうのか。体調不良と心配事のせいで眠れない。
ごろりとベッドの中で寝返りを打つ。
「にゃーん」
なにやら窓の外から猫の愛らしい声がする。
今夜は大雨なのに、どういうことだろうか。
ヘイラル帝国では皇室の守護神モナックを始めとして、猫への敬愛が強い。
もちろんシャルウッドも例外ではなく、むくりと起き上がる。
「にゃうーん……」
「やっぱり外から?」
鳴き声は間違いなく、窓の外からだった。
だがここは三階で、しかも大雨。
確認しなきゃと思ったシャルウッドが起き上がり、寝室の窓を開ける。
そして窓際から左右を見渡してみて――。
「えっ……?」
シャルウッドは信じられないものをそこで見た。
白い布で顔を覆い、ひょろりとしてマントを羽織った人物。
雨が打ち付ける中で、シャルウッドの頭に思い浮かんだのは無貌の賢者だった。
「こ、これは……?」
こんな大雨で奇妙な形で壁に貼りつきながら。
あり得ない。夢の中にいるのだろうか。
シャルウッドが目を擦ると、無貌の賢者の腕が動く。
びくりとのけぞると、腕は何やらリンゴを取り出した。
「ええと……どうしてリンゴ?」
無貌の賢者がそれから手振りで何かを伝えようとしている。
指らしいものを立てて、首を振る。うーん……?
そう、リンゴは間違いないのだけれど意味が良くわからない。
少しして無貌の賢者がかくっとうなだれた。可愛らしい。
これは多分、怪物や悪魔の類ではない気がしてきた。
やがて無貌の賢者の腕が空中でぐりぐりと動く。
指先には強烈な魔力の光が凝縮されていた。自分やボルツとは比べ物にならない。
シャルウッドの魔法教師と同じか、それ以上の高密度の魔力だった。
じっと見つめていると腕が動いて空中に文字が書き上がっていく。
赤い魔力の文字……シャルウッドは目をこらして、文字を読む。
『リンゴ、梨、チェリー、桃、プラム、イチゴ、アーモンド、薔薇を避けること。君にとってこれらは毒だ』
にわかには信じられない内容だった。
でも、とシャルウッドは思う。今夜も夕食のデザートは冷えた桃だった。
「……本当なんでしょうか?」
こくこくと無貌の賢者は頷く。うーん、信じるべきなのか。
理性が戻って冷静になってきたシャルウッドが腕を組む。
よくよく考えると、この状況はかなりおかしい。
「あなたはどこからそんなことを――えっ!?」
シャルウッドが再び無貌の賢者へ顔を向けると、猛烈な魔力の光が襲ってきた。
太陽を直視したような、目を開けていられないほどの光。
光はすぐに止まったのだが、そこには何もなかった。
「いない……っ!」
人そのものはおろか、布もマントも消えている。
左右や下、上も覗いてみるが……無貌の賢者は忽然といなくなっていた。