【稀代の悪女】は追放されましたので~今世こそ力を隠して、家出三つ子と平穏な日々を楽しみます~
 マリリンは、エール伯爵家の遠縁にあたる男爵家の娘として生まれた。
 そのとき、胸に薄くではあったけれど、大輪の花が咲く痣を持っていたために、男爵家でも歓喜に沸いたらしい。
 マリリンの存在に、初めはやきもきしていたらしい両親だったけれど、私がディルク殿下の婚約者に選ばれてからは余計な心配もなくなり、落ち着いたようだった。
 それが大きく変わったのは、私が神殿で《ギフト》の鑑定を受けてから。
 私に授けられた《ギフト》は、【温度調節】ができるだけの力と判明したのだ。
 あのときの両親の失望と焦燥の顔は今でも忘れられない。
『【温度調節】? まさか、そんなくだらない力が《ギフト》に?』
『何かの間違いではないのですか!?』
 両親は動揺しつつ鑑定を下した神官に詰め寄っていた。
 私の《ギフト》である【温度調節】は、火魔法や水魔法が扱える者なら誰だって使える力だからだろう。
 寒ければ火を熾(おこ)せばいい。暑ければ水を出して冷やせばいい。
 誰もがそう考えたようで、私の《ギフト》の力が公式発表されてからは、『外れ《ギフト》』と揶(や)揄(ゆ)され、両親は笑いものにされているようだった。
 それについては、気の毒だとは思う。
 それまでは、記録にある限り史上最高とも言える大輪の濃い花の痣を持った娘を生み出した、栄誉あるエール伯爵夫妻であり、ディルク殿下の婚約者の親という立場だったのだから。
 しかし、そんな立場を得た両親はずっと威張り散らしていたらしいので、よく思わない貴族は多かったようだ。
 私からすれば、知ったこっちゃない、って感じだった。
 冷たいかもしれないけれど、六歳の婚約式で前々世と前世の記憶を思い出した私は、両親の愛情が〝リンネア〟ではなく、〝《ギフト》を持った娘〟に注がれていると気づいたから。それ以来、冷静に両親を観察していた。
 何ていうか、不思議と察しちゃうんだよね。
 だから、私の《ギフト》の力が判明して以降、両親が苛(いら)立(だ)って私に強く当たるようになっても、気にしなかった。
 それよりも、私はもう二度と搾取されない、好きに生きてみせるって気持ちを強くしただけ。

 ――前々世の私は、貧しい家に生まれたものの、胸に痣があったために、神殿で育てられることになった。──正確には、売られたんだけど。
 十五歳で【治癒魔法】の力があると鑑定されてからは、人々のために奉仕せよと命じられ、多くの人たちを癒やすことになったのだ。それも魔力の限界まで。
 何度も私は『少し休ませてほしい』『魔力が尽きそうで』と神官たちに訴えたのに、助けてくれる人は誰もいなかった。
 さらには、私に〝慈愛と癒やしの聖女〟と二つ名をつけて広め、民衆から支持を得た神殿は力を強めていったのだ。
 いくら《ギフト》を持っていても、庶民出身の私には、貴族出身者ばかりの神官たちに逆らうことはできなかった。
 そして、病や怪(け)我(が)に苦しんでいる高貴な人たちを治癒するためにただただ消費され、疲弊して死んでしまったのだ。
 なんて皮肉だろうね。まだ二十歳にもならなかったのに、【治癒魔法】を持っていたために力尽きて死ぬなんて。

 それから生まれ変わった私は、日本という国の平凡な家庭の長女として生まれた。
 二度目の死因は、過労による事故死。
 幼稚園教諭としての仕事はやりがいがあって楽しかったけれど、とにかく人手が足りなかった。
 連日の残業と休日出勤で疲弊していたところに、先輩から押しつけられた仕事──お遊戯会で使用した大道具を屋根裏の倉庫に片づけようとして、梯(はし)子(ご)から足を滑らせ、打ち所が悪かったせいで死んでしまったのだ。
 子どもたちの前での事故でなかったのが、不幸中の幸い。どうか子どもたちの心の傷になっていませんように――。

 前々世、前世の経験から、この三度目の人生は悔いのないように自由に生きると決めていたので、ディルク殿下との婚約式の日以降、自活できるようにと準備を進めていた。
 幸いにして、私は《ギフト》の【温度調節】だけでなく、火魔法と水魔法が使えたので、前世のように科学が発達していなくても独りで生きていける力は手に入れていた。
 そもそも、前々世の記憶がある私は、神殿で鑑定を受けなくてもどんな《ギフト》なのかはある程度理解していた。
 伯爵家には幸運なことに、魔法練習室というものがあって、そこで自主練習を行うこともできたから。
 まだ六歳でしかない私が、魔法の練習をしたいと言うと、心配するどころか両親は喜んでその部屋を使わせてくれた。
 普通、未熟な子どもが魔法の練習をしたいと言えば、〝暴走したら〟などの心配をすると思うけれど。
 両親にその考えはなかったようで、一人で練習することができた。
 もちろん、家庭教師に基礎を教えてもらっていたからこそ、できたというのもある。
 その練習の中で火魔法や水魔法を使わずに室温を操作できることに気づいて、そこから試行錯誤した結果、【温度調節】の力があるって発見したんだよね。
 十五歳になった頃には、私は火魔法と水魔法だけでなく、すでに《ギフト》も使いこなせるようになっていた。
 だけど、わざと不出来なふりをして簡単な魔法も失敗して見せていたら、魔法の家庭教師はさじを投げ、両親は苛立ちをあらわにするようになった。
 もし私が《ギフト》持ちでなければ、多大な期待をすることもなく、両親もここまで極端な態度にならなかったのかもしれない。
 それでも、〝もし〟なんてものは存在しないのだ。
 そして訪れた運命の日。
 私の《ギフト》がただの【温度調節】だと鑑定されたときの両親の落胆と怒り、周囲の嘲笑は忘れない。
 人間はここまで残酷になれるんだと思い知らされた。
 何より、今世では絶対に搾取されないためにも、本当の力は隠しておこうと、改めて固く決意した日だった。
 だから、両親も婚約者である殿下も誰も知らない。──私がこのアーバン王国の天候をある程度操作していることを。
 ただの【温度調節】とはいえ、濃い痣が示す通り魔力量は膨大なのだ。そのため、かなり広い範囲の空気を暖めたり冷やしたりできる。
 要するに、上昇気流や下降気流を生み出せる──風も起こせるし、気圧を操作して高気圧で晴天に、低気圧で雨天にできるのだ。

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