ブーケの行方と、あの日の片思い

第十四章:一緒に飲むシャンパン

ブーケトスが終わり、場内は再び席に戻って歓談の時間へと移っていった。

宏樹は優花の肩に触れたあの一瞬のあと、何事もなかったかのように自分のテーブルに戻っていった。
だが優花の胸の鼓動は、まだ落ち着かない。
席に座り直しても、肩に残るぬくもりがじわりと意識を乱していく。

(落ち着け。彼はただの友人。……ただの、友人)

そう繰り返してみるけれど、鼓動の速さは逆に増すばかりだった。

料理に手を伸ばすものの、味はよくわからない。
気持ちを落ち着けるためにシャンパンを一口飲み、何となく向かい側のテーブルへ視線を送る。

宏樹のグラスは、空になっていた。

(……気づいてないんだ)

友人との会話に集中しているのか、係員を呼ぶ様子もない。
シャンパンを飲む彼の姿を、ふと想像した。

その瞬間、優花の中で小さな決意が生まれた。

――今度は、私から“さりげなく”動く番だ。

優花は、近くを通った給仕係をそっと呼び止めた。

「すみません。あちらのテーブルの黒いスーツの方……グラスが空のようなので、同じシャンパンをお願いできますか」

直接は言わない。
けれど確実に届く、小さな優しさ。

給仕係は優花の視線の先を確認し、静かに頷いた。

優花は友人との会話に耳を傾けるふりをしながら、胸の奥でじんとした緊張が膨らむのを感じていた。

やがて給仕係が宏樹のテーブルへ歩み寄る。

注がれるシャンパンに、宏樹は少し驚いたように顔を上げた。
何かを察したのか、給仕係がひと言添える。
その直後――
宏樹の視線が、優花のテーブルの方へ向いた。

優花は覚悟した。
――目が合う。

しかし宏樹は、優花の“いる方向”を見渡すだけで、特定の誰かを探すような素振りは見せなかった。

(……気づかない、かな)

一瞬、胸が沈む。
けれど同時に、気づかれないほうが優花にとっては都合が良い。
押しつけがましくならず、ただの心遣いとして届けばいい。

そう思った、そのとき。

宏樹はグラスを手に取り――
ゆっくりと優花の方へ、ほんの少しだけ、掲げて見せた。

誰にもわからないほど控えめな仕草だった。

だが優花には、はっきりと伝わった。

――ありがとう。

その無言の合図は、言葉よりずっと強く優花の胸の奥に響いた。

優花も同じように、自分のグラスを静かに持ち上げる。

大勢の参列者のざわめきの中で、
誰にも気づかれない短いアイコンタクトが交わされる。

それは乾杯のとき以上に、
二人だけの世界が一瞬だけ生まれた気がする、特別な瞬間だった。

宏樹は新しく注がれたシャンパンを一口飲み、優花と同じように静かにグラスを置いた。

(――これで、いい)

優花の胸は、満足感で温かく満たされた。

ささやかな心遣いを、宏樹はちゃんと受け取ってくれた。
そして、さりげなく返してくれた。

披露宴という賑やかな空間の中で、
二人だけが共有した小さな秘密のように感じられた。

この一杯のシャンパンが、
優花の胸に“次へ進む勇気”をそっと灯していく。

――次に話すときは、大丈夫。
私はもう、落ち着いて向き合える。

そう思えたことが、何よりの収穫だった
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