ブーケの行方と、あの日の片思い
第十五章:取り残された二人
新郎新婦がお色直しで中座すると、会場はふっと緩んだ空気に包まれた。
ゲストたちは一斉に立ち上がり、写真を撮ったり、親族のテーブルへ挨拶に向かっていく。
優花のテーブルも例外ではなく、恵理は「美咲のドレスもう一回撮りたい!」と飛び出し、淳子も知人に会うため席を離れた。
優花は、ひとり残った席で空になりかけたシャンパングラスを指先で転がしながら、その賑わいを静かに見つめていた。
(ここが……披露宴の小さな“中休み”)
ひとりでいるのが目立たないよう、スマートフォンを取り出し、美咲に送るメッセージの下書きを始める。
ふと顔を上げると――
向かい側の男性陣のテーブルも、ほぼ無人になっていた。
宏樹の席も空いていて、彼は友人たちと写真撮影に向かったらしい。
そのため、優花の周囲だけ、ぽつんと静けさが落ちる。
(こんなふうに取り残される瞬間、あったな。高校のときも……)
そんなことを考えながらスマホを置いた時――
優花は息を飲んだ。
宏樹がすぐ近くに、立っていた。
友人グループから少し離れ、優花のテーブルと自分のテーブルの中間地点。
スマホを手にしているが、見ているわけではない。
ただ、その場に立っていた。
そして、優花が視線を向けると――
宏樹は、まるで待っていたかのように、優花を見た。
「あの……相沢」
「宏樹……」
ざわめきの中の小さな声だったのに、不思議と優花の耳にはまっすぐ届いた。
「さっきのシャンパン。ありがとう。誰が頼んでくれたんだろうって思ったけど……すぐわかったよ」
はにかむような微笑み。
その笑顔は、昔の宏樹の面影を残しながらも、大人の男性の余裕をまとっていた。
「いえ。グラスが空いていたのが見えただけで……。宏樹、忙しそうだったから」
「忙しいってほどじゃないけど……気遣い、すごく嬉しかった」
そう言うと、宏樹は優花の隣にある“空いた椅子”を引き、ためらいもなく腰をおろした。
(え……近い……)
まさか、この距離に座るとは思わず、優花の身体は小さくこわばる。
周囲には誰もいない。
高砂からの笑い声だけが遠くに響く。
――二人きり。
「さっきのブーケトス、参加しなかったし。相沢、ああいうの……苦手?」
「そうですね。ちょっと恥ずかしくて。宏樹は……昔から、ああいう場面では冷静でしたよね」
「んー……俺は横で笑ってる方が好きだったから」
宏樹はテーブルの装花に触れ、茎の形を確かめるように指でなぞった。
その仕草は丁寧で、彼が学生時代には持っていなかった“静かな時間の使い方”だった。
「でも、美咲が幸せそうで、本当に良かったよ」
「本当に。二人とも、すごくお似合いですよね」
短い言葉を交わすだけで、不思議と心が温まる。
会場のBGMが、二人の会話の隙間をゆるやかに満たす。
その“沈黙”すら心地よかった。
この一瞬だけ、披露宴の喧騒から切り離された小さな個室にいるような感覚。
宏樹が静かに優花を見つめ、表情を引き締めた。
「……相沢。さっき挨拶したときも思ったけど」
「……はい」
「ゆっくり話せて……嬉しいよ。卒業してから、こんな機会……なかったからさ」
胸の奥で、何かが柔らかくほどけていく。
五年間の空白が、
たった数言で、少しずつ埋まっていくようだった。
――優花の片思いは、今。
静かに新しいページへとめくれ始めていた。
ゲストたちは一斉に立ち上がり、写真を撮ったり、親族のテーブルへ挨拶に向かっていく。
優花のテーブルも例外ではなく、恵理は「美咲のドレスもう一回撮りたい!」と飛び出し、淳子も知人に会うため席を離れた。
優花は、ひとり残った席で空になりかけたシャンパングラスを指先で転がしながら、その賑わいを静かに見つめていた。
(ここが……披露宴の小さな“中休み”)
ひとりでいるのが目立たないよう、スマートフォンを取り出し、美咲に送るメッセージの下書きを始める。
ふと顔を上げると――
向かい側の男性陣のテーブルも、ほぼ無人になっていた。
宏樹の席も空いていて、彼は友人たちと写真撮影に向かったらしい。
そのため、優花の周囲だけ、ぽつんと静けさが落ちる。
(こんなふうに取り残される瞬間、あったな。高校のときも……)
そんなことを考えながらスマホを置いた時――
優花は息を飲んだ。
宏樹がすぐ近くに、立っていた。
友人グループから少し離れ、優花のテーブルと自分のテーブルの中間地点。
スマホを手にしているが、見ているわけではない。
ただ、その場に立っていた。
そして、優花が視線を向けると――
宏樹は、まるで待っていたかのように、優花を見た。
「あの……相沢」
「宏樹……」
ざわめきの中の小さな声だったのに、不思議と優花の耳にはまっすぐ届いた。
「さっきのシャンパン。ありがとう。誰が頼んでくれたんだろうって思ったけど……すぐわかったよ」
はにかむような微笑み。
その笑顔は、昔の宏樹の面影を残しながらも、大人の男性の余裕をまとっていた。
「いえ。グラスが空いていたのが見えただけで……。宏樹、忙しそうだったから」
「忙しいってほどじゃないけど……気遣い、すごく嬉しかった」
そう言うと、宏樹は優花の隣にある“空いた椅子”を引き、ためらいもなく腰をおろした。
(え……近い……)
まさか、この距離に座るとは思わず、優花の身体は小さくこわばる。
周囲には誰もいない。
高砂からの笑い声だけが遠くに響く。
――二人きり。
「さっきのブーケトス、参加しなかったし。相沢、ああいうの……苦手?」
「そうですね。ちょっと恥ずかしくて。宏樹は……昔から、ああいう場面では冷静でしたよね」
「んー……俺は横で笑ってる方が好きだったから」
宏樹はテーブルの装花に触れ、茎の形を確かめるように指でなぞった。
その仕草は丁寧で、彼が学生時代には持っていなかった“静かな時間の使い方”だった。
「でも、美咲が幸せそうで、本当に良かったよ」
「本当に。二人とも、すごくお似合いですよね」
短い言葉を交わすだけで、不思議と心が温まる。
会場のBGMが、二人の会話の隙間をゆるやかに満たす。
その“沈黙”すら心地よかった。
この一瞬だけ、披露宴の喧騒から切り離された小さな個室にいるような感覚。
宏樹が静かに優花を見つめ、表情を引き締めた。
「……相沢。さっき挨拶したときも思ったけど」
「……はい」
「ゆっくり話せて……嬉しいよ。卒業してから、こんな機会……なかったからさ」
胸の奥で、何かが柔らかくほどけていく。
五年間の空白が、
たった数言で、少しずつ埋まっていくようだった。
――優花の片思いは、今。
静かに新しいページへとめくれ始めていた。