ブーケの行方と、あの日の片思い

第四十一章:ヘッドフォンの手配

夜景撮影から三日後の火曜日。
優花は仕事の合間も、どこか心が浮き立っていた。
宏樹との「次の撮影」の連絡はまだ来ていない。しかし、その約束は揺るがない確かなものだと分かっている。
だからこそ──今できる準備を進めておきたかった。

宏樹が心から欲しがっていた、あのヘッドフォン。

二次会のビンゴで一瞬だけ見せたあの表情が、どうしても忘れられなかった。
夜景撮影に集中するため、そして仕事の重圧から解放されるための“静けさ”を必要としていた彼の姿が胸に焼きついていた。

昼休みの優花は、スマホ片手に検索を続けた。
メーカー、型番、性能レビュー──
調べが深まるほど、それが“彼のための道具”であることを確信した。

(これがあれば、宏樹さんは……もっと心を休められる)

購入ボタンに指をかけた瞬間、優花の手がふと止まった。

(どうやって渡す……?)

高価な品だ。
そのまま渡しては、彼が遠慮して受け取らない可能性が高い。

優花は、深く考えた末に二つの方法を思いついた。

①「お礼だから」と理由をつける
→ でも高価すぎて、逆に距離を作ってしまう。

②「二人の共同アイテム」にしてしまう
→ 夜景撮影を続けていく“二人の未来”を前提にできる。

優花は迷わず②を選んだ。

(これは……二人の時間を豊かにするための“投資”。そう伝えればいい)

昼休みが終わる直前、優花は大きく深呼吸をして──
ついにメッセージを送った。



優花
お仕事お疲れ様です!
夜景撮影のことで一つ相談があります。

先日ビンゴに出ていたヘッドフォン、すごく性能が良さそうで…
もしよかったら、二人で夜景を撮りに行くための“共同アイテム”として、私が購入して宏樹さんに使っていただけないでしょうか?

宏樹さんが集中して撮影できる方が、私も安心して一緒に楽しめます。
もちろん、お返しなどは気にしないでくださいね。



送信すると同時に、心臓が跳ねた。
高価な物だけに、彼がためらうのは容易に想像できた。

そして夕方。スマホが震えた。



沢村 宏樹
相沢、ありがとう。
仕事中に見て、正直驚いた。…泣きそうにもなったよ。

でも、申し訳ないけど、さすがに高価すぎる。
受け取れない。気持ちだけで十分すぎるくらい嬉しい。



予想通りの反応だった。

けれど──ここで引くわけにはいかなかった。
優花は、彼が一番弱く、一番大切にしている言葉をあえて選んだ。



優花
その気持ちはわかります。
でも私にとっては、宏樹さんが心を整えて撮影を楽しめることの方が、ずっと大切なんです。

これは“お礼”ではなく、宏樹さんの心の安らぎのための私なりの出資です。
…私のわがまま、聞いてもらえませんか?



しばらく返信はなかった。
数分が数十分に感じられるほど、優花の鼓動は早くなった。

そしてついに──画面に新しい通知が灯った。



沢村 宏樹
……わかった。
相沢の気持ち、ちゃんと受け取るよ。

本当はすごく欲しかった。
ありがとう。その“わがまま”、ありがたくもらいます。



優花は、息を深く吐き出した。

それは、ただヘッドフォンを受け取ったのではない。
宏樹が、優花の想いを拒まず、共に前へ進むことを選んでくれた瞬間だった。

優花はすぐに注文を完了し、次の再会に備えて丁寧に準備を始めた。

二人の間には、誰にも話していない──
小さな秘密の絆がひとつ増えたのだった。
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